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2021/01/21
センスがない
思い出したかのように作業部屋を掃除をしている。
どさくさに紛れて断捨離も。
ゴミ袋2つを今捨てた。
だのに、だ。
だのに、断捨離する前から何一つ変わっていないのはなぜ!?
ゴミ袋2つ分捨てたのに変わってないのはなぜ?
WHY?

物が多いと言えばそうなのだろうが、、、。
とにかく僕には片付けのセンスがない。
そのことが途方もなく悲しい。
 
2021/01/20
分からない
正直に言うならば、、、俺は食パンのうまさがわからない。
朝に食パンが出て「やったー!!」とはならない。
むしろ「食パンか、、、」となる。
米派、パン派とかではない。
むしろクロワッサンはテンションが上がる。
食パンだけが、、、どうしても。
エシレバターがあれば変わるが、それはエシレだからだ。
高級生食パンを食べたとて、それは変わることはなかった。

おれはいまだ食パンのうまさがわからない。
 
2021/01/19
書斎
書斎。
この日々はなんたるか。
もっかい書かせてくれ。
書斎。
嗚呼、悦。
wikiると
書斎(しょさい)とは、主に知識人や文人の居宅に設けられた、読書や書き物をするための部屋。
おれやん。
俺丸出しやん。
名指しやん。

ほんの少しでいい。
ほんの少しがいい。
狭い空間の秘密基地。
男のシンボル。

おれは書斎で本を読み、歌詞を書き、オンラインMTをして、君たちにブログを提供していきたい。
書斎。
書斎。

クラウドファンドしたいくらい書斎が欲しい。
しないけど。
書斎。
書斎。

俺のような男にこそ、書斎を。
 
2021/01/18
屋上で投げ込み
住んでいたビルの屋上が僕の練習場だった。
壁に丸を書いて、そこにめがけてボールを投げる。
変化球の投げ方と書かれた本を片手に雪の日も屋上に上がって投げ込んだ。
しかし階数にすると5階。
ボールが下に落ちて国道2号線に落下という事件性の高いことが起きたのも1度や2度ではない。

一回、ボールを下に落としたと思ったら、まさかの下からボールが投げ返されたことがあった。
5階ですぞ。。。
角度的にも難しいはず。
下にいたのはダルビッシュ並みの肩とコントロールとハートがある人物。
怒られるというよりも、こんな珍事件がまかり得た時代、say!昭和!!

ここまで練習はしたが、僕は結局はピッチャーマウンドで投げることはなかった。
 
2021/01/17
表裏一体
僕の記憶が正しければ、の話だが、その昔、板尾創路さんが「板尾日記」という本を出した。
残念ながら僕は今日までこの本を一度も読んだことがない。
ただこの帯に書かれてあった言葉があまりに強烈だったので覚えている。

「人の日記を読んだりするんは最低やと思います。」板尾創路

まず帯だというのに、第3者ではなく自身がコメントを書いていること。
そして「板尾日記」というタイトルで売っている本を「人の日記を読むのは最低の行為」という本来の帯の役目と真逆のコメント。

表裏一体とはよく言ったもので、言葉というのは真逆の中に真理や面白さがある。

「流れに逆らう生き方も 結局流れの中にある」
25歳の青年が書き残した詩。
才気煥発。

ありがとう。
 
2021/01/16
更新しよう
毎日更新してやろうか、そんな目論見もあったが気がつけば1月の15日でとまっており、今日はなんと2月12日。
おそろしい。
サボっていたわけでも、やる気がないわけでも、音楽から離れていたわけでもない。
ただ、やることが多くて忙しかったのだ。

特に1月15日〜今日、そして3月下旬までよくわからぬスケジュールで埋まっている。
それでもまだ間に合う。
過去の記憶も呼び戻し、出来るだけ空白を埋めたい。
 
2021/01/15
頑張れ野球部4
試合用と練習用のユニフォームは違う。
練習用にはでっかく胸に「三木」と書いてある。
試合用は買取ではなく、レンタルなのだ。
なので歴代の先輩方の汗と泥が染み込んだもの。
はじめてそのユニフォームを家に持ち帰った時の嬉しさたるや。

だが今は少し違う視点で見てしまう。
中学2年生にもなった息子がきったないお古のユニフォームを着て嬉々とし、何度も鏡にその姿を合わせる姿を見てどう思ったのだろうか。
まだまだ子供な思春期の我が子を抱きしめたくもなったのだろうか。

すっかり年老いた母と電話しながら、ふとそんなことを思った。
人生は一つの出来事にいくつもの視点と物語があるから面白い。
 
2021/01/14
頑張れ野球部3
練習試合72連勝。
僕が覚えている限りうちの野球部は恐ろしく強かった。
練習試合で連勝記録を数えている時点で本気度がやばい。
監督も、、、いや正式には国語のおっさんなのだが、おっさんも狂ってるほどノックがうまく、自分がなしえなかった夢を生徒に!くらいのクソ熱い情熱で挑んでいた。
練習試合はWヘッダーがほとんど。うちをA校とするならB校C校も呼んで3校で練習試合をする。
第1戦 A校 VS B校
第2戦 C校 VS B校
第3戦 A校 VS C校
といった具合だ。
どの中学も義務教育にのっとり、2試合目は補欠も出してあげるのだが、国語のおっさんは連勝記録に気合が入っているから、俺たちは出してもらえない。
うまくなるはずもない。
また試合前のノックでエラーをした際にこっち来い!と呼ばれビンタされるってことも多々あった。
他校の目の前で、エラーしてビンタ。
考えられへん。
おっさんがむかついただけやろ。
このおっさんがのちに教育委員会にいくってなもんやから「教育とは何かね」と菅原文太なみに問いただしたくなる。

こんな恐怖政治で縮こまってしまい、僕はイップスにもなり、たまに出る試合中も「おれのところに飛んでくるな!」とばかり思っていた。
そして引退の最後の試合もだしてもらえずに僕の3年間は終わった。

ちなみにチームは鬼のように強かったがいつもクジ運が悪かったり、恐怖政治のせいでみんな縮こまり、ほぼほぼ早々に公式試合は負けていた。

 
2021/01/13
頑張れ野球部2
中学の野球部は強豪校のようなものだった。
3年神様、2年平民、1年奴隷。
仮入部の時は優しかった先輩も入部した途端雰囲気が変わる。
1年生が全員フェンス前に集められ、2年生の今内さん(実名)が指導員として教育してくださる。
「ええかー、お前らも今日から野球部やー。これから絶対に守らなあかんルール教えてるからよー覚えとけよ!」
え、今内さんこんなやったっけ?
「まず、先輩は全部「さん」付けや。君とかで呼ぶなよー。ジャニーズちゃうんやからな。」
一年数名クスクス。
「なに笑ってんねん、殺すぞ!」
一年凍る。
「学校、街で会ったら絶対に挨拶をせー!それから・・・・」
とこれからお前らには自由はない、刑務所に行くと思え!みたいな教えてが伝えられる。
もちろん、次の日に辞めてしまうやつも5人くらいいた。
みんな野球好きだったはずだ。もったいない。

1年生は先輩のお茶なども持っていかねばならなかったり、土日などは弁当の買い出しもさせられる。部室などは当然入れもらえず、外で着替える。雨も風も雪も嵐も外で着替える。
頭のおかしい先輩が一年を全員フェンスに並ばせて大の字で立たせてそこに近距離でトスバッテングしたボールをぶつけてくる。ぶつかったやつから練習に行っていいというナチスのような逃れられないいじめ。
基本的にそんなことをやるのは2年生。
3年生はさらに暴力的なものを2年生に。
神様3年生はほぼ3年生の不良オールスターズだったので僕らは怯えと憧れの眼差しを送っていた。この時点でおかしいのだが。

そしてそんな辛い時期を終えた僕らも2年生になると、今まで禁止だった帽子に型をつけて新一年生を集め「おいお前らならべーーー!」とやりだし「お前らの時はまだましやぞ!」などとほざきだすのだから、悪の循環は恐ろしい。

今の時代、野球部はどう変わったのだろうか。
できれば緩やかになっていてほしいが、あの厳しい世代を生き抜いた奴が必ずいう「あの時があったから強くなれた」というのはあながち嘘ではないので難しいところだ。
ちなみに僕は途中で物事を投げ出したりしないのだが、その根性はここで鍛えられたと思っている。
 
2021/01/12
頑張れ野球部
中学は野球部に入った。
だがそこでは補欠だった。
今から何十年も前の、なぜ補欠だったかの言い訳をする。

中学というのは大体がいくつかの小学校が合わさってのやつだ。
うちだと2つだ。
で、僕のいた小学校はソフトボール。
もう一つの小学校には軟式とは言え野球クラブがあり、しかも近畿大会で優勝し全国大会に出たという親も気が狂って応援するほどのやつらが同時入学。
もはやPL学園。
鳴り物入りのやつらと、かたやソフトボールで彼女に試合に見に来てもらい鼻の下を伸ばしてきた僕ら。

スイングも、ボールも全部違った。
びゅーん言うてますやん!!
こいつら同じ学年かという落ち着きもある。
だがこちとら1日に満塁本塁打と3ランを打った強打者三木茂じゃい!(←何十試合の内のたった一試合の栄光にしがみつくやつ)。
打つことに関しては負けない自信があった。
入部して早々、フリーバッティングのチャンスが回ってきた。
見ててくれよーーー!
監督、おれ打つのはやるでーーー!
気合い入れていると、同じポジションを争うであろう遠藤(実名)が、「おれがほったるわ!」としゃしゃり出てきた。こいつはいまいち信用がおけない男であり、しかも鳴り物入りの方だ。
だが断る理由もないので投げてもらうことに。
初級カーブ。
しね。
野球部ならわかるが、フリーバッティングは打つことが目的なので基本ストレートなのだ。
だけどこいつはライバルを一人でも蹴落とそうと、1ヶ月前まで小学生だったくせにもはやそんなことを仕掛けてきているのだ。
こちとらソフトボールで下手投げをかっ飛ばしていた男。
女子供繋がれた犬に強い男に似ている。
いや、カーブって。
魔球やん。
みたことないし。
打てへんし。
結果、全く打てずいいところなし。
それからしばらくフリーバッティングもさせてもらえなかった。

思えばここが補欠ロードの第一歩だったと思う。
 
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