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2020/10/12
アルバムホームランを振り返って
「俺もう今月1500円で生活せなあかんねん。」
「1週間もツアーに出るからバイトクビになるかもな。まぁ、また探すけど。」
2001年の僕らはこんな感じだった。

月に1週間はツアー、あとはアルバイト。
地元のワンマンライブで稼いだお金もレコーディング代で消えていく。
実家暮らしといえども、ツアーに出るお金を稼ぐために日々バイト。
スタジオに入れるのは深夜の0時。
ライブハウスの前のスタジオに入るのだが、中途半端に人気が出てしまい声をかけられるのを避けてライブが終わりお客さんがいなくなるまで身を潜め、機材を下ろし朝方5時まで練習。
仮眠を取りアルバイト。
そんな時期にプラスして「ホームラン」はレコーディングされていった。

そりゃデビューするわな、と思う。
人生をバンドにかけすぎだ。
しかしこのときは苦労とも思っていなかったし、むしろ日に日に成果が見えるのが嬉しくて、待っていてくれる人がいるのが嬉しくてやっていたと思う。
ま、今と同じか。


「ホームラン」
ファミレスでミーティングしているときに急にサビが降ってきた歌。
チリリンGO!とホームラン。
タイトルになるくらいこの歌たちはアマチュア時代とてもファンの人に愛されていた。
もちろん僕らからも。

「僕の本音」
僕らしい抜き具合が絶妙な歌だ。
当時のライブハウスの店長に「これで何年でも食っていける。お前が40歳になってもディナーショーで食っていける」と言われ、遠い20年後ラメのジャケットを着て会場を練り歩きおひねりをもらいながら「僕の本音」を歌っている自分を想像したが、現実の40代はコロナというわけわからんウイルスにめちゃくちゃにされながらも配信で歌っている。

「傘のない君」
少しだけ文学的、、、というのも恥ずかしいがその要素を入れ、それでいてロックに特化した歌。
なめられたくない。
いや別になめられてもええやん、と大人になるといなす美学を覚えるのだが、若い頃はこれでいいとも思う。なめられたくない。そんな思いの延長でできた歌。

「さよなら」
ロックバンドが歌うミドルな曲。
このアルバムの根底には「ロック」が常にある。
しかし今のようなロックではなく、ロックをやれるようになりたい、その気持ちが強かったように思う。
作品としては中学生の時に亡くなった友達の事をテーマにおいている。
大きなテーマだけに扱い切れているかどうかわからないが、このころの僕はこのテーマをいつか作品で描ききりたい、描ききれるのだろうかと自問自答していた。
今でも、、、そうかもしれないな。

「マッハ5」
関西はお笑い番組の宝庫だ。
ある時深夜放送を見ていたら、スピード違反したタクシー運転手を警察が捕まえて質問するというコントで、警察官が運転手に「君、飛ばしてたなぁ。マッハでてたで」「でるか!!戦闘機か!!」というくだりがあって、マッハか、、、と思って書いた曲。
ライブ中もいったがロックより、ロールがしたかった曲。
いや、、、、かっこよく言い過ぎか、、、ロックを探していた曲かな。

「アルバイトロック」
このころの僕たちはデビューもしていない。
だが街を歩けないほどの人気はある。
それでもそれで食ってけるほどの金はない。
そして人気があるだけに人知れずのアルバイトしかできない。
そんな辛い時期だった。
今でもこのアルバイトの記事を思い出すのだけはメンバー全員顔をしかめると思う。
バンドでする苦労は屁とも思わなかったが、アルバイトの時間は苦痛でしかなく「残り時間を気にしながらダラダラと働いていた」。

「サンダー」
teiscoのスペクトラム5というギター。
初見で惚れた。
音?知るかよ。見た目よ見た目。
大阪まで買いに行って、あまりの嬉し際に帰りの新快速(電車)の中で開けてみたほどだ。
デビューして、河合楽器さんから一本いただいたのと、もともと復刻版を持っていたのだが、1960年代のオリジナルも一本所有している。
ちなみに引越しの際、一本はリサイクルショップに売った。
しょーもない値段をつけられたけど、ファンの人にオークションで出すとかそういうのよりも、、、ネットオークションとかそういうのよりも、、、ざくっとさっぱり売りたかった。
思いがあればあるほどそういった乱暴な別れがいい時もある。

「1/100の強さ」
ライブハウスで歌われなかった曲。
その理由は配信ライブを見てくれ、、、なのだが。
作り手として客観的に見ると、やりたいことはわかる。
だが技量と知識が足りない。
がんばれ過去の俺。
お前には未来がある。

書いているとノスタルジックになってきた。
こういう日は明るい未来を想像して寝よう。
過去を振り返る時も最後は明日へ向かって、いいのだ。
 
2020/10/09
sosを断る
ライブハウスからSOSが来るが断ることにした。
理由はいくつかある。
まず数が多すぎる。
全てが全て救えない。でもすべてがすべてギリギリ。
どっからだれから助けていいかわからない。

もう一つ大きな理由。

助けるというのは聞こえがいいが、それらはファンの人が僕らのライブを見て払うお金。
それをむやみやたらと使うわけにはいかない。
俺が寄付するならいいけど、そうでないならばそれらは基本的にはニュートラルの活動のために使われるべきだと思う。

なので線引きをした。
僕らはもうライブハウスのためにライブをしないと。

胸は痛むが、しかたがない。

ただ僕たちのルールでやるべきだと思ったときはやる。
それでいく。

一番大切なのはバンドでありお客さんだ。
そこが狂うようであれば僕は何もやらない。
 
2020/10/07
ホームランを狙わない、、、say!
土曜日に「ホームラン」の配信ライブをすることに。
18日には「ホームラン」の配信を購入された方へのアンコール配信として、昔の仲間との振り返りトーク配信。

なのだが。
「ホームラン」はアマチュア時代のアルバム。
2001年だそうだ。
21,2歳かな。
そりゃあんた。。。めちゃくちゃですがな。
どんな人だって駆け出しは、、、あれやがな。

ただこんな時じゃないとできないので、、、楽しみながらやるってばよ。

そういえば、僕はなんで音楽をやっているんだろうと先日やや真剣に考えてみた。
初期衝動は?
歌が好きだったから。
バンドを始めたのは?
インタビューとかで「モテたかった」と答えたりするが、本当は。
「かっかよかった」からだ。
バンドをやっているというのはかっこよかった。
好きなバンドみたいになりたかった。

つまり、俺が今日までやっているのはバンドをやっているのはかっこよくて、今でもその思いがあり、つまり音楽どうこうよりもバンドが好きなのだ。
そんなことに気がついた。

そしてその答えにもっとも近かった頃の「ホームラン」。
初期衝動を確かめるように楽しみたい。

 
2020/10/02
訃報
朝起きると女優の訃報が届いた。

2003年僕らはとある焼肉屋にいた。
そこが高級だったかどうかは知らない。味だって覚えていない。
なんせ僕はデビューシングルがいい加減な扱いされたことに腹を立てて、レコード会社に「どうなってんだ?こんなんじゃ次の自信作『パンとピストル』は出せへんぞ!」などと息巻いていたのだ。
味なんて覚えていない。

高級だったかどうか知らないが、なんか区切りが仕切られている個室というか選ばれた奴らしかこれないような所に作れてこられていた。
「こんなとこに連れてこられたからってごまかされへんぞ!!」スラム街育ちの僕はひねた目で業界人を見ていた。

すると2組しか入れない半個室に眩しいオーラが。
当時月9などで人気を博してた先述の女優さんだった。
おぉ、というよりも、そうかレコード会社は本気で俺たちのことを思っているんだなぁと再確認したのを覚えている。
だって今をときめく女優がいくような店の2組中の1組が僕らなんですもの。

ただ代谷はその女優さんに気がつかず、ただただめちゃくちゃ綺麗な人がいる。東京ってすげぇと天然を爆発させていたが。

先日亡くなった俳優さんもそうだが、ほんの少しではあっても近い距離で同じ時間を過ごした人が亡くなると、、、。

人の痛みは誰にもわからない。
そして長く生きていれば誰もが人に触られたくない部分ができてくる。
音楽でそれらすべてを救えるとは言い難いが、音楽をやる以上はそれらすべてを救う気持ちで創作したい。
 
2020/09/26
輝け!オレの30代
レコード会社も事務所も飛び出して、新たに自分たちで模索していく日々。
そんな中、おもちゃ会社が新しくレコード会社を作るとのことで声がかかり、制作したのが「輝け!オレの30代」。
当時の僕らはまだ30代になるということを前面に推す頃ではなかったとは思うが、ロックバンドとして今のリアルを伝えることに重点をおくとなんら問題はなかった。

「輝け!オレの30代」
歌入れの直前まで「立派になれなくてもいい 憧れになれなくてもいい」の後の歌詞が出てこなかった。
どうしようか、、、と悩みながら車を走らせる、
どうしようかも何も今日歌を入れるというのに、この度胸。我ながらどつきたい。
何度もなんどもオケを流しながら走らせる。
次の瞬間。
勝手に口が「今はまだ長い旅路の途中」と走り出した。
これだ。こういうのを待っていたんだ、降りてくるってやつだ。←ギャンブル。でなかったからどうするつもりだったんだろう。
この歌を聴いていたファンの人のほとんどが10代20代だった。やがてその方々も歳を重ねこの歌に追いつき、そして沢山感謝された歌だ。

「面倒くさい」
デビューしている人としていない人はそこに大きな線引きがある。
わかりやすくいうとこの人に賭けてみたいと出資する人がいたということだ。
そしてデビューすると、それはお遊びではなくなるし、日々頑張ってくれるスタッフを思うと自分のエゴだけを貫くのが正義でないとわかる。我慢することも増える。
そんな中、様々なプレッシャーをかけられながらそれらの思いを書いた歌。
当時の社長に「お前これオレへのあてつけか?」といわれたが、その通りである。
ちなみにこの曲、某ソウルバンドのボーカルにプロデュースしてもらうという話もあった。

「ちびとふとっちょ」
はじめて渋谷WESTで歌った瞬間から受け入れられた歌。
のちに誰も知らない泣ける歌などに取り上げられたが、根本はパンとピストルと同じ。
僕らしい歌であり、僕にとっては特別な歌でもなんでもなく、いつものニュートラルの歌だった。
つまりどの歌でも勝負できんぞ!おら!!と常に思っていたので、それを証明・確認しただけのことだった。

「初めての恋じゃないから」
ピアノで作った歌。
フレーフレー 製作時にできていた歌だ。
清正くんはワウという機材を使うのがうまい。
なぜあんなにうまくなったのかは知らないがうまい。
ロックバンドが歌うバラード。今でもテーマに置いているが、それに清正くんのワウが重なったニュートラルらしいバラードだ。

「カナリア」
久しぶりに地元に帰ったとき、中学の友達から電話があった。
私店開いたから飲みにきて!キャバクラやるねん。
飲みにきてと言われても僕はこの今でも酒はほぼ飲まない。
だが昔からの知り合い、顔を出すかと飲みに行き、そのあともいろんな話をしてそのあとすぐにできた歌。
ちなみにこのハーモニカは独自のチューニングで吹いている。

「向かい風の中のあなた」
代谷が入院した。
ワンマンライブが一本飛んだ。
その後の復帰戦で謝罪ソングとしてかいたネタの歌だった。
ただそんなコントで終わらせるのはもったいなくて、みんながそのメロディーを忘れた頃に改めて出した歌。
なんでもつくってみるもんだ。

「nanana〜親父とオレとタバコとハナ歌〜」
この歌を書いた頃、親父は生きていた。
その後、渋谷EASTに見にきてくれた親父の前でこの歌を歌った。
感想は聞けないままだった。
僕は、、、僕はこの日々を泥にまみれ必死で生きているが、、、親父には到底追いつけない。
お金とかそういうことだけではなく、、、泥にまみれ感でも追いつけていない様な気がする。
今の僕を見て欲しい、その思いは毎日ある。
だから怠けそうな日も、親父に見てもらうまではと膝を泥につけて頑張っている。


そしてオレは40代に突入した。
様々なものが変わり、変わらなことは少なくなった。
それでも日曜日になると、こんな情勢でもギターを抱えて家を出る。
君の心を動かしてやる。
そんな思いを変わらずに抱いて。
 
眠る
すっかり秋になったことに気がつかず、うっかり半袖で寝ている僕だが、コロナ渦中で世の中がマスクを保ってくれているだけに風邪は引かずに過ごしている。

コロナがやってきてから僕はよく眠れている。
脳みその回転が少し落ちているのだと思う。
これは表現者としては嘆かわしいことだ。
僕の不眠症の原因は頭を回転させすぎて、それのクールダウンを待ってなければならず眠れなかったのだ。
頭を最高に動かした時は脳みそのどの部分を今使っているかが感覚でわかり、最後には脳が疲れてろれつが回らなくなっていた。

それがどうだ。
快眠。
脳をフルで動かすこともあまりないからスペックが落ちてきている様に感じる。
これは恐怖だ。
いくら歳をとってもいいが、脳の回転が落ちることは許しがたい。

などど書きながら本日も7時間たっぷり寝た。
そして気づく。
眠るっていいことだと。
 
2020/09/07
中止
先日のライブが楽しかったという話を後にして。。。

まずは、延期になっていたライブのほとんどが中止になりました。
チケットの払い戻しも受け付けていますが、できればチケット持ってくれている人は有料の配信を無料で見れるように手配するので、そちらに移行してもらえると嬉しいです。

順を追ってもろもろHPにアップしていきます。


それはそうと携帯が壊れてごまかしごまかしで今日まで来ている。
iphone12が出るのを待っている。
それまではまともに電話もできない。
そんな毎日です。
 
2020/08/24
2020年に君に届けを振り返る
「風の吹く場所」
この歌で思い出すのは渋谷ONAIR-EASTのステージ下手側。
僕はここに立ちこの歌を歌った。
明らかにいつもより声が伸びた。
この時がはじめて腹式呼吸ができた時だった。←おそっ。
大きなステージに立って無理に声を出さなくてもいいことを体が覚えてのこと。
あれ以降どこでこの歌を歌ってもその時のことを思い出す。

「君に届け」
パンとピストルが売れたが故に、あのテイストが好きな人からは「おとなしい曲」と言われたことを思い出す、いや、忘れない。
「パンとピストル」のような曲を書き続けていると今頃僕は「お前を殺して愛の意味を探ろうとした」などと訳のわからない際どいことばかりを使うキワモノ野郎になっていたと思う。
僕の思うニュートラルはそうじゃなかった。
もっと元気であってほしい、楽しいものであってほしい。
あえてPOPな曲を書いたっけな。

「自称ミュージシャン」
この曲はいつ書いたかも覚えていない。。。
ただ一瞬で書けたことは覚えている。
ソウルミュージックが好きだからそういう曲を書きたい!って書いた覚えが。。。

「チーズケーキ」
2004年イラク戦争が起きた。
僕は中村橋から富士見台に引っ越そうとしていた。
実際の僕は彼女と別れたばっかりだった。
引っ越ししたら何か変わるかな。
まだ中村橋に住んでいる中で、「富士見台のアパートの向こう」という言葉が出てきた。
世の中の乱れと自分の周りの平和。
あれから考えると僕らは平和な世の中に住んでいる。
だがあの頃よりほんの少しみんな心が疲れているようにもみえる。
(ちなみに配信では肝心のラストでチーズケーキという単語の部分を2回紅茶と歌ってしまっている。。。許せよ、乙女)

「ガタゴト列車」
僕の、僕ら4人のバンドの日々はどうだったのだろう。
夢を見つけて、邁進して突き進んで。
故郷での日々と並ぶ年月を東京で過ごし、一人はバンドとは違う方向に歩き始め、それでもまた新たな仲間が入り。
まだまだこれからと思っていたらコロナがやってきた。
どこまで僕は行くの、どこまで続くのだろう。
でもトラブルだらけの配信だったけどチケット買ってみてくれている人がいる。
求められているということだ。
まだまだやらなきゃな。
すくなくともこんなもんで終わりにさせらてたまるかよ。
と同時に、、、
僕の、僕ら4人のバンドの日々はどうだったのだろう。
ではなく、僕の、僕ら4人と、君たちファンの人たちとの日々だったことに気づき胸が熱くなる。

そして俺は今日もまたギターを握って新曲を書く。
俺の全てを歌に託して君に届ける。
あの頃からずっと。
 
昨日の1日
パソコン一台、映像をまとめるスイッチャーという高級機材。
このスイッチャー1台で配信ができる!という触れ込みだったが、you tubeなどはいけるがツイキャスにはオフィシャルでは対応していないのでシステムを組み直すとのこと。

君たちの日常で置き換えると、、、家の鍵も車の鍵もエアコンもすべてカード一枚でできるんだけど、君の住んでいる地域は対応していないからパソコンからカードに侵入してシステムを書き換えてね!プログラム言語が出てくるけど、そこは、まぁ、がんばってよ!みたいなこと。

で、昨日はなんとか映像まではたどり着いたが、なぜか音がエフェクトがかかったようなおかしなことに。

で、このスイッチャー1台で配信ができる!は無理だと判断。
パソコンにアプリを入れてスイッチャーと連動。
連動しない。笑。
予定時刻へ。
焦る。
信頼なくなる。笑。

さぁ、やろうとするとカメラマンさんのカメラで僕の顔が映るたびに四角の顔認証が出てしまい、それが配信の際にも乗ってしまいそうだという急遽のトラブルでさらに10分押し。

ということがありました。
他にもあるけど。

結果、もう一つ音響用の機材を買えってさ。
それで解決するとは思うが保証はないよと。
またこれが売り切れまくりで高っかいのよ。

でもやらなきゃ俺たち20年続けてきたのに死んじゃうしさ。笑。
とにかくもう少しだけ待って。
頑張るから。
とにかく昨日、僕らはそんな1日でした。
 
2020/08/19
東京ライフ
コロナにはほんとまいった。
まいった話をするととまらないが、おもろくないのでやめ。

僕は今とあるゴルフ練習場の横で紅茶を飲みながらボケーっとしている。
カシュン!というドライバーにボールがぶち当たる心地よい音が響いている。
結局僕はゴルフをしないまま人生を過ごしてきてしまった。
この今でも俄然興味がない。
傘を持ったらやるのは野球のスイングだ。

思えば遠くへ来たもんだ。
来年、俺は東京で過ごした年数がふるさとと同じになる。
再来年では東京での暮らしが故郷のそれを追い越す。
思えば遠くへ来たもんだ。

俺の人生はどうだったのだろうか。
振り返って採点しようとしたけれど、怖くなってやめた。
というか、今の今でもまだ道半ば。
今の時点で採点してもしょうがない。

カシュン!という音が響いている。
来年、俺は東京で過ごした年数がふるさとと同じになる。
 
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