2019/02/23
変わった子供
先日兄が僕の幼少の頃の話をしていた。
聞いての通り、僕は変わった子だった。
兄貴曰く、ランドセルに筆箱がなかったそうだ。
鉛筆がダイレクトにランドセルの底に置いてある。
それも後ろ全て歯型でぎっしり。
さらにそれらは1ヶ月ともたず行方不明となり、また買い換えるという始末。
母は高い頻度で文房具をなくす僕がいじめられているのかと心配し、兄はダイレクトに鉛筆を入れるという弟に「こいつ大丈夫か?」と常に思っていたそうだ。
そういえば子供の頃、兄からは「3mは離れて歩け。」「俺の友達のおるときはお兄ちゃんて言うな。」と兄弟ハラスメントを受けていた。
兄の話をここに書くと、我が家はビルの4階に住んでいてよく1階の自動販売機や、下に来る屋台のラーメンの買い出しに僕が家族から選出されてパシらされていた。家族ハラスメントだ。
このとき僕小学3年生とか。
家族ハラスメントだ。
4階の階段を降りるときに兄に「上から見といてな!」とお願いし、階を一つ降るたびに「お兄ちゃん見とぉーー?」確認。兄は「おう、見とぉよ」と返答。これを4階分降りるまでなんども繰り返す。
あまりに何度も聞くことを不審に思った兄が「なんでそんなに聞くねん?何が怖いねん?」と尋ねたら幼き日の僕がこう答えたそうだ。
「でっかいゴリラがおるねん」。
姫路中でも市街に住んでいた我が家。
ゴリラなんて発想どこから来たのか。
そういえばライトアップされた姫路城からでっかい天狗が襲ってきそうな気もしていたのも思い出した。
僕は変わった子だった。
聞いての通り、僕は変わった子だった。
兄貴曰く、ランドセルに筆箱がなかったそうだ。
鉛筆がダイレクトにランドセルの底に置いてある。
それも後ろ全て歯型でぎっしり。
さらにそれらは1ヶ月ともたず行方不明となり、また買い換えるという始末。
母は高い頻度で文房具をなくす僕がいじめられているのかと心配し、兄はダイレクトに鉛筆を入れるという弟に「こいつ大丈夫か?」と常に思っていたそうだ。
そういえば子供の頃、兄からは「3mは離れて歩け。」「俺の友達のおるときはお兄ちゃんて言うな。」と兄弟ハラスメントを受けていた。
兄の話をここに書くと、我が家はビルの4階に住んでいてよく1階の自動販売機や、下に来る屋台のラーメンの買い出しに僕が家族から選出されてパシらされていた。家族ハラスメントだ。
このとき僕小学3年生とか。
家族ハラスメントだ。
4階の階段を降りるときに兄に「上から見といてな!」とお願いし、階を一つ降るたびに「お兄ちゃん見とぉーー?」確認。兄は「おう、見とぉよ」と返答。これを4階分降りるまでなんども繰り返す。
あまりに何度も聞くことを不審に思った兄が「なんでそんなに聞くねん?何が怖いねん?」と尋ねたら幼き日の僕がこう答えたそうだ。
「でっかいゴリラがおるねん」。
姫路中でも市街に住んでいた我が家。
ゴリラなんて発想どこから来たのか。
そういえばライトアップされた姫路城からでっかい天狗が襲ってきそうな気もしていたのも思い出した。
僕は変わった子だった。
2019/02/22
APPLE社の製品は裏切らない。
20年以上も前の話。
バンドを真剣にやるとなった時に真っ先にパソコンを買おうと思った。
それまでもワープロを駆使していたが、やはりこれからはパソコンだ!と。
世の中では可愛い一体型のimacと構成のスペックのG4が発売され空前のmacブームが来ようとしていた。
親父を連れて電気屋へ。
当時の親父は飛ぶ鳥を落とす勢いで稼いでいた。
あたいはその会社でアルバイトで働いていた。
「親父、これからはパソコンやで!!これがあればおれが会社のDMとか全部やる!もう印刷屋に頼まんでもええねん!2年で元が取れる!!」と口説き落とした。
電気屋に向かう車の中で親父から封筒が渡された。
中を見ると100万円入っていた。
お前まだ100万円とか生で見たことないやろ?と親父は笑っていた。
僕はその100万円で自分の顔をはついてみた。親父はもう一度笑っていた。
結果、親父の「いっちゃんええやつ買わんかい!!」(訳:一番いいやつを買ったほうがいいよ)に押され、MACのG4の最高スペック40数万円のやつをゲット。さらに液晶画面。プリンター2台とマイケルジャクソンのような買い物をした。
しめて100万くらいだった。
姫路のマイケルジャクソンは全ての支払いを終えると店員に「で、これはインターネットできるんかい??」と驚きの発言をして、その場にいた全員を吉本新喜劇ばりにずっこけさせた。
あれから20年以上たち、僕はその間に6台パソコンを変えた。
どれもmacだ。
もはやmac以外は使えないし、apple watchも持っていればなおさら離れられない。
APPLE離れも言われているが、僕はまだまだAPPLE社と恋愛をしていたいと思う。
バンドを真剣にやるとなった時に真っ先にパソコンを買おうと思った。
それまでもワープロを駆使していたが、やはりこれからはパソコンだ!と。
世の中では可愛い一体型のimacと構成のスペックのG4が発売され空前のmacブームが来ようとしていた。
親父を連れて電気屋へ。
当時の親父は飛ぶ鳥を落とす勢いで稼いでいた。
あたいはその会社でアルバイトで働いていた。
「親父、これからはパソコンやで!!これがあればおれが会社のDMとか全部やる!もう印刷屋に頼まんでもええねん!2年で元が取れる!!」と口説き落とした。
電気屋に向かう車の中で親父から封筒が渡された。
中を見ると100万円入っていた。
お前まだ100万円とか生で見たことないやろ?と親父は笑っていた。
僕はその100万円で自分の顔をはついてみた。親父はもう一度笑っていた。
結果、親父の「いっちゃんええやつ買わんかい!!」(訳:一番いいやつを買ったほうがいいよ)に押され、MACのG4の最高スペック40数万円のやつをゲット。さらに液晶画面。プリンター2台とマイケルジャクソンのような買い物をした。
しめて100万くらいだった。
姫路のマイケルジャクソンは全ての支払いを終えると店員に「で、これはインターネットできるんかい??」と驚きの発言をして、その場にいた全員を吉本新喜劇ばりにずっこけさせた。
あれから20年以上たち、僕はその間に6台パソコンを変えた。
どれもmacだ。
もはやmac以外は使えないし、apple watchも持っていればなおさら離れられない。
APPLE離れも言われているが、僕はまだまだAPPLE社と恋愛をしていたいと思う。
2019/02/21
なんども探したけど どうしても見つからない
家に帰ると携帯がなかった。
厳密に言うと昼からなかったが、車にあるだろうと思っていた。
車になかった。
家にあるだろうと思っていた。
家になかった。
apple watchではパーマンがバッチをなくしたときに仲間が鳴らして見つけるように、apple watchのボタンを鳴らせばiphoneが鳴るのだ。
しかしiphoneが近くにない時は鳴らないどころかそのボタンが押せない。
つまりボタンが押せる場所を探せば、そこにiphoneがあるということだ。
一点だけ心当たりがあった。
昼に立ち寄ったモスバーガーだ。
先ほど車を走らせてモスバーガー@閉店後に到着。
さっそくapple watchのボタン確認。
押せない。。。
モスバーガーのまわりをうろうろしながらapple watchのボタン確認。
押せない。。。
泣きそう。
不審者度120%を超えたあたりで退却。
しかししかし、今の時代はほんまにすごい!キャリアに電話すると、GPSでわかるらしい(ちなみにiphoneを探すはすでにやったがiphoneを探すをオフにしていたため見つからず。。。)。
で、見つかった。
警察署の金庫の中。
どうやら明日は早起きになりそうだ。
厳密に言うと昼からなかったが、車にあるだろうと思っていた。
車になかった。
家にあるだろうと思っていた。
家になかった。
apple watchではパーマンがバッチをなくしたときに仲間が鳴らして見つけるように、apple watchのボタンを鳴らせばiphoneが鳴るのだ。
しかしiphoneが近くにない時は鳴らないどころかそのボタンが押せない。
つまりボタンが押せる場所を探せば、そこにiphoneがあるということだ。
一点だけ心当たりがあった。
昼に立ち寄ったモスバーガーだ。
先ほど車を走らせてモスバーガー@閉店後に到着。
さっそくapple watchのボタン確認。
押せない。。。
モスバーガーのまわりをうろうろしながらapple watchのボタン確認。
押せない。。。
泣きそう。
不審者度120%を超えたあたりで退却。
しかししかし、今の時代はほんまにすごい!キャリアに電話すると、GPSでわかるらしい(ちなみにiphoneを探すはすでにやったがiphoneを探すをオフにしていたため見つからず。。。)。
で、見つかった。
警察署の金庫の中。
どうやら明日は早起きになりそうだ。
2019/02/20
携帯ゲーム
2月20日の日記を忘れていて慌てて書いている。
なんも書くことがないので短い文を。
こんなぼくでも携帯ゲームをやってしまう。
なにもおもろくない。
ただ時間つぶし。
でも、うまいことできてて、レアものが出る時、時間帯、次に無料でできる時間の回復、そういったものが合わさってついついやってしまう。
しかし、親父がこの世をさってからしばらくまったく携帯ゲームをやっていない自分に気がついた。
やる気にならないのだ。
そういうものなのだと強く実感した。
親父がこの世を去ってから教えてもらったことは山ほどある。
少しづつ書ける範囲でまたの機会に書いていこうと思う。
なんも書くことがないので短い文を。
こんなぼくでも携帯ゲームをやってしまう。
なにもおもろくない。
ただ時間つぶし。
でも、うまいことできてて、レアものが出る時、時間帯、次に無料でできる時間の回復、そういったものが合わさってついついやってしまう。
しかし、親父がこの世をさってからしばらくまったく携帯ゲームをやっていない自分に気がついた。
やる気にならないのだ。
そういうものなのだと強く実感した。
親父がこの世を去ってから教えてもらったことは山ほどある。
少しづつ書ける範囲でまたの機会に書いていこうと思う。
2019/02/19
ひめじ手柄山遊園地
ひめじ手柄山遊園地という名所がある。
姫路で育った子供たちでここに行ったことのないやつはいない。
夏になればみんな親に連れてきてもらい、中学生になれば友達と来たはずだ。
プールが一番人気。
市民プールと呼ばれており、ここに連れてきてもらうとテンションMAX。
一度、親父が「ちょっと仕事があるからわしは一緒に遊んでやれへんから、お兄ちゃんと二人で遊んどけ!終わる頃に迎えにいくから」と言われ、放り込まれたことがある。
楽しいプールではあったが、お父さんと遊べない寂しさが優っていた。
なーんかつまんないなぁと思っていると、何者かに足首を掴まれた。
かっぱ!!
かっぱや!!
マジでそう思った。
俺は市民プールでカッパに溺れさせられて死ぬんだ。
諦めかけたその時、ざっぱーーーんを見慣れた顔が。
親父だった。
「今日は一緒に遊べへん」と言いながらのサプライズ登場!だった。
僕はこの日の嬉しさ、サプライズの喜びを何十年たった今でも指標としておいている。
このプールでは溺れて死にかけたり、トランクスで泳いでチ◯コほぼ見えになって恥ずかしくて死にかけたりとNなにかと死にかけるエピソードが多いが、僕にはとても思い出深い場所。
ちなみに何の縁か、のちに母が購入したマンションからこの遊園地が見える。
姫路に帰るたびに僕は手柄山遊園地を眺めている。
それはどんな時でも僕を優しくさせてくれる。
姫路で育った子供たちでここに行ったことのないやつはいない。
夏になればみんな親に連れてきてもらい、中学生になれば友達と来たはずだ。
プールが一番人気。
市民プールと呼ばれており、ここに連れてきてもらうとテンションMAX。
一度、親父が「ちょっと仕事があるからわしは一緒に遊んでやれへんから、お兄ちゃんと二人で遊んどけ!終わる頃に迎えにいくから」と言われ、放り込まれたことがある。
楽しいプールではあったが、お父さんと遊べない寂しさが優っていた。
なーんかつまんないなぁと思っていると、何者かに足首を掴まれた。
かっぱ!!
かっぱや!!
マジでそう思った。
俺は市民プールでカッパに溺れさせられて死ぬんだ。
諦めかけたその時、ざっぱーーーんを見慣れた顔が。
親父だった。
「今日は一緒に遊べへん」と言いながらのサプライズ登場!だった。
僕はこの日の嬉しさ、サプライズの喜びを何十年たった今でも指標としておいている。
このプールでは溺れて死にかけたり、トランクスで泳いでチ◯コほぼ見えになって恥ずかしくて死にかけたりとNなにかと死にかけるエピソードが多いが、僕にはとても思い出深い場所。
ちなみに何の縁か、のちに母が購入したマンションからこの遊園地が見える。
姫路に帰るたびに僕は手柄山遊園地を眺めている。
それはどんな時でも僕を優しくさせてくれる。
2019/02/18
俺にもしもバイクがあれば
初めてバイクに乗ったは15歳の時だった。
先に16歳になって免許をとった友達が公園に乗り付けてきていてそこで乗らせてもらった。
自転車とは全く違う世界。
アクセルをひねればひねるほどスピードは上がり、興奮が増してくる。
ブレーキをかけずにアクセルを開けていく。
もうこのままぶっ飛んでもいい、そう思えた。
それから寝ても覚めてもバイクが欲しくなった。
まるでトランペットを欲しがる外国人の子供のようにバイク屋で眺める日々。
親父を連れてバイク屋に行き思いをぶつけ、パトロンを動かす。
しかし2月生まれの僕が免許を取るのはまだまだ先。
たまに友達に借りて公園や駐車場で乗り回す日々。
そして月日は流れ2月。
その頃には持ち前の飽き性が発病しまったくほしいとも思わなくなってしまっていた。
結局僕は免許を持っていない時の方がバイクを乗っていたということになる。。。
そして大人になって思うのは、あの初めてバイクのに乗った時のような高揚感を味わうことは少なくなってしまった。
この先の人生であと一度でいいので、全身が震え上がるような感覚を味わいたいものだ。
先に16歳になって免許をとった友達が公園に乗り付けてきていてそこで乗らせてもらった。
自転車とは全く違う世界。
アクセルをひねればひねるほどスピードは上がり、興奮が増してくる。
ブレーキをかけずにアクセルを開けていく。
もうこのままぶっ飛んでもいい、そう思えた。
それから寝ても覚めてもバイクが欲しくなった。
まるでトランペットを欲しがる外国人の子供のようにバイク屋で眺める日々。
親父を連れてバイク屋に行き思いをぶつけ、パトロンを動かす。
しかし2月生まれの僕が免許を取るのはまだまだ先。
たまに友達に借りて公園や駐車場で乗り回す日々。
そして月日は流れ2月。
その頃には持ち前の飽き性が発病しまったくほしいとも思わなくなってしまっていた。
結局僕は免許を持っていない時の方がバイクを乗っていたということになる。。。
そして大人になって思うのは、あの初めてバイクのに乗った時のような高揚感を味わうことは少なくなってしまった。
この先の人生であと一度でいいので、全身が震え上がるような感覚を味わいたいものだ。
2019/02/17
初めての別れ
中学3年生になった頃、同級生や年下の女の子に少しづつ好意を持たれているのがわかってきた。
人生で始めて少し「モテて」きたのだ。
それまでは足が速いやつ、頭のいいやつがモテるだった。
しかし、中学3年生くらいからその流れが少しづつ変わってきた。
目立つやつ、面白いやつがモテてきたのだ。
その頃の僕といえば、調子の乗りまくりingだった。
当時、アルミ缶を集めて学校の備品を買いましょう!みたいな流れがったのだが、なにかの委員長になって全校生徒の前で発表する際、僕は「家にアルミ缶なければ学校来る途中のゴミ箱から漁って持ってきてください。」と発言し、そのままダイレクトに先生に怒られたり、メガネを逆にかけて発表するとか、急に「い」の段が弱くなる喋り方をするとか、合唱コンクールの式では最後にジャンプして締めるとか、とにかく奇行が目立った。
奇行が目立てば目立つほど、勉強もスポーツも大したことないけど、モテててきた。
それまで何もなかったやつが急にモテるのだ。
浮かれるのもしかたない。
僕は。。。。
自分に彼女がいることが急に重たく感じた。
他の女の子が僕に興味を持っているのに、僕には彼女がいると言う噂話が流れる。
それがだんたんと疎ましく思えてきたのだ。
あぁ、分かってる。女性の敵だわな。俺だってそんなやつしばきたいもん。
でも、頭の中も整理できない頃だ。
僕は彼女を呼び出して、、、そして別れた。
次の日、彼女は長かった髪をバッサリ切って僕は一躍悪名を轟かせてしまった。
その寂しさでヤンキーちっくな女の子と二週間だけ付き合って、やっぱり別れるという奇行を連発し、女性の敵とされてしまった。
しかし、今思うのはあの頃は恋愛こそすべてだった、と思う。
好きになったりなられたり、噂をされたりしたり。
いびつな形を間違いながら整えていく時期だったのではないかと、、、今なら思うのだ。
2019/02/16
両思い
小学5年生から中学3年生まで付き合った彼女とのデートは塾に一緒に行く、だった。
どんな話をしていたのかは分からないが、周りに気づかれると囃し立てられるから平家の落ち武者のように人目のつかない道をいつも歩いていた。
交換日記ならぬ、交換手紙というものをやっていたのだが、これも周りの目を気にして二人で決めた場所に隠すことにした。
ドムの公園にあるこのあたりの地図が掲載された看板の裏に隠す。
これが僕らのルールだった。
もはやスパイしかやらないような隠し方だ。
僕らはドキドキしながらここに手紙を隠し、ドキドキの数倍上のワクワクしながら手紙を取りに行っていた。
お互いの気持ちを確かめるために手紙の最後は「大ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー好き!」と終わらせるのが暗黙のルールだった。
小学生の僕は相手に心配してほしいあまりに「6年生の秋頃、長野に引っ越すかもしれない」という大ウソをぶっこいでしまった。
僕の家は自営業、服屋さん。
転勤なんてありえないし、寒くなる頃にわざわざ長野に行くなんて正気の辞令ではない。
アホがつく嘘なんてこんなレベルである。
しかし、小学生の彼女はどっぷりこの嘘に乗っかってくれ、数ヶ月の間「長野行くなんて嫌だ」「僕だって行きたくない」というドラマのようなひと時を二人で堪能していた。
どうやってその嘘を解除したのかは忘れたが、6年生になっても中学生になっても僕は長野どころか姫路を出ることもなく健やかに過ごした。
僕はきっとこの子と結婚するんだろうと思っていた。
たぶん向こうも思っていたと思う。
小学生の頃、両思いになれるってそれくらいすごいことだから。
しかし、別れはやはりやってくるのだ。
どんな話をしていたのかは分からないが、周りに気づかれると囃し立てられるから平家の落ち武者のように人目のつかない道をいつも歩いていた。
交換日記ならぬ、交換手紙というものをやっていたのだが、これも周りの目を気にして二人で決めた場所に隠すことにした。
ドムの公園にあるこのあたりの地図が掲載された看板の裏に隠す。
これが僕らのルールだった。
もはやスパイしかやらないような隠し方だ。
僕らはドキドキしながらここに手紙を隠し、ドキドキの数倍上のワクワクしながら手紙を取りに行っていた。
お互いの気持ちを確かめるために手紙の最後は「大ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー好き!」と終わらせるのが暗黙のルールだった。
小学生の僕は相手に心配してほしいあまりに「6年生の秋頃、長野に引っ越すかもしれない」という大ウソをぶっこいでしまった。
僕の家は自営業、服屋さん。
転勤なんてありえないし、寒くなる頃にわざわざ長野に行くなんて正気の辞令ではない。
アホがつく嘘なんてこんなレベルである。
しかし、小学生の彼女はどっぷりこの嘘に乗っかってくれ、数ヶ月の間「長野行くなんて嫌だ」「僕だって行きたくない」というドラマのようなひと時を二人で堪能していた。
どうやってその嘘を解除したのかは忘れたが、6年生になっても中学生になっても僕は長野どころか姫路を出ることもなく健やかに過ごした。
僕はきっとこの子と結婚するんだろうと思っていた。
たぶん向こうも思っていたと思う。
小学生の頃、両思いになれるってそれくらいすごいことだから。
しかし、別れはやはりやってくるのだ。
2019/02/15
変わり者
中学時代の人たちのことを思い出すと奇天烈な方々であふれていたことに気づく。
それは僕の校区の貧富の差がとてつもなく広かったことも影響していると思うが、とにかくウィットに富んだ方が多かった。
以前、ラジオでも話したが一つ下の男子に山崎(仮名)君という子がいた。
彼はとにかく変わっていて、一番わかりやすいエピソードでいうと、学校に自分ちの犬を連れて登校してしまうのだ。それもそこそこのでかい犬だ。
女子は悲鳴を上げて逃げる。山崎君は何も動じず、いや多分自分の犬に悲鳴が上がっていることにも気がついていない。黙々とペースを変えずに犬と一緒に坂道を登る。南極大冒険のような志だ。
山崎君は僕のいた野球部にも仮入部してきた。
しかしどこの学校でもそうであるように、小学生の時のノリは通用しない。敬語必須。上下関係びっちり。野球部はその最高峰でそれが崩れることはありえない。
しかし山崎君はタメ口バンバン。漫画で言うところのエースを奪うほどの実力のある新入生でないとつじつまが合わないくらいタメ口、でも鬼のように下手。
山崎君はやはり仮入部でやめてしまった。
その後も野球が好きな山崎君は、土曜日曜日は犬を連れて野球部の練習を見にきていた。
山崎君は勉強が苦手だったらしい。
しかし数学だけはいつも満点。
勉強しなくても出来てしまうというのだ。
僕のいた時代はタバコを道に捨てると言うモラルも常識もない頃なので山崎君は「なぜか数学だけができる変な子」で終わってしまった。
最近、僕はいろんな脳の勉強を独学でしているのだが、ひょっとしたら山崎君はサヴァン症候群だったかもしれない、そう思う。
あの時代にもっとそう言うことが知れ渡っていたら何か変わったのかもしれない。
15年ほど前、山崎君を偶然見たときに彼はつなぎを着ていた。整備士か何かをやっていたのだろうか。きっとその職場でも敬語が使えず怒られまくっているのだろう。
しかし、彼は天才なほど数学ができたのだ、学者や研究者になれば。。。
そんな思いがいつも抜けない。
かく言う僕だって変わり者と言われてきたのでよくわかる。
僕らは普通のことをしているのに変わっていると言われてしまうのだ。
何が変わっているのかさえも当の本人にはわからない。
僕はたまたま音楽に出会えてよかったが、いつの日かもっともっと世の中の許容範囲と知識が増えてくれることを願う。
それは僕の校区の貧富の差がとてつもなく広かったことも影響していると思うが、とにかくウィットに富んだ方が多かった。
以前、ラジオでも話したが一つ下の男子に山崎(仮名)君という子がいた。
彼はとにかく変わっていて、一番わかりやすいエピソードでいうと、学校に自分ちの犬を連れて登校してしまうのだ。それもそこそこのでかい犬だ。
女子は悲鳴を上げて逃げる。山崎君は何も動じず、いや多分自分の犬に悲鳴が上がっていることにも気がついていない。黙々とペースを変えずに犬と一緒に坂道を登る。南極大冒険のような志だ。
山崎君は僕のいた野球部にも仮入部してきた。
しかしどこの学校でもそうであるように、小学生の時のノリは通用しない。敬語必須。上下関係びっちり。野球部はその最高峰でそれが崩れることはありえない。
しかし山崎君はタメ口バンバン。漫画で言うところのエースを奪うほどの実力のある新入生でないとつじつまが合わないくらいタメ口、でも鬼のように下手。
山崎君はやはり仮入部でやめてしまった。
その後も野球が好きな山崎君は、土曜日曜日は犬を連れて野球部の練習を見にきていた。
山崎君は勉強が苦手だったらしい。
しかし数学だけはいつも満点。
勉強しなくても出来てしまうというのだ。
僕のいた時代はタバコを道に捨てると言うモラルも常識もない頃なので山崎君は「なぜか数学だけができる変な子」で終わってしまった。
最近、僕はいろんな脳の勉強を独学でしているのだが、ひょっとしたら山崎君はサヴァン症候群だったかもしれない、そう思う。
あの時代にもっとそう言うことが知れ渡っていたら何か変わったのかもしれない。
15年ほど前、山崎君を偶然見たときに彼はつなぎを着ていた。整備士か何かをやっていたのだろうか。きっとその職場でも敬語が使えず怒られまくっているのだろう。
しかし、彼は天才なほど数学ができたのだ、学者や研究者になれば。。。
そんな思いがいつも抜けない。
かく言う僕だって変わり者と言われてきたのでよくわかる。
僕らは普通のことをしているのに変わっていると言われてしまうのだ。
何が変わっているのかさえも当の本人にはわからない。
僕はたまたま音楽に出会えてよかったが、いつの日かもっともっと世の中の許容範囲と知識が増えてくれることを願う。
2019/02/14
跳ね上がる手紙
正しい方と正しくない方があったとして、正しい方向だけを選ぶのは難しい。
正しい方向だけを選ぶのには何度かの失敗が必要だ。
小学5年生の時に好きな人はとても頭も良くスポーツも万能の女の子だった。
みんなの憧れの彼女。
でも、おそらく僕と彼女は両思いだ。
5年生ながらにそう確信している。
しかし小学生も大人も変わらない噂話が流れるのだ。
彼女は山田のことが好きだという噂が入ってくる。
ちらっと見ると山田と話す彼女。
山田の話に笑う彼女。
昼休みにイアリア人ばりに山田が彼女をボール遊びに誘う。
山田、お前はインターナショナルスクール出か?なんだそのアグレッシブさは。
初めて覚える嫉妬。
きっと山田も彼女のことが好きだったんだろう。
ある日の放課後、数人しか残っていない教室で誰かが女子の回し手紙(授業中に回す手紙)を拾った。
そこには彼女と友人との会話が記録されていた。
「〇〇ちゃんは722226のこと好きだもんね。」
「今日も722226赤いジャージだったよ。」
そう、暗号で書かれているのだ。
小学生にしてこの危機管理能力、おそるべし!!
赤いジャージを着ている男子は俺しかいない!!
そして26は俺の背番号だ。
たぶんこれは俺のことだ。
気絶しそうになった。
そんなある日、彼女の友達から「これ〇〇ちゃんから!」と手紙を受け取った。
「なにが?」と全くピンと来てないという役を見事に演じきりダッシュで帰宅。
誰も見つからないようにトイレで読んだ。
そこには昼休みも授業中も、ずっと僕をみていると書かれてあり、僕のことが好きだと綴られてあった。
人生で一番嬉しい手紙をもらった。何度もなんども読み返した。
この後僕はどう返事を返したのは覚えていないのだが、この日から僕たちは自然と付き合うと言う形になりその関係が中学3年生まで続いた。
あの頃から少し少し気になっていて、なんとなく気づいたことがある。
毎月席替えがあるのに4ヶ月も席替えがないのはおかしかった。
成績優秀な彼女が先生にお願いしていた気がする。頭のいい彼女にお願いされて断れなかったのではないか。
それほど僕と彼女が隣の席になって数ヶ月も席替えがなかったのはおかしかった。
完全に両思いだったのに彼女に告白させてしまったこと。
大人になって、当時の僕は待つばっかりでいくじなしで、小さな少女に全面を任せてしまったことを恥ずかしく思う。
彼女は僕とうまくいくためにいろんなことを努力してくれたんだと思う。
正しい方と正しくない方があったとして、正しい方向だけを選ぶのは難しい。
正しい方向だけを選ぶのには何度かの失敗が必要だ。
僕の彼女に対する失敗はこの時ばかりでなく、数年後まで持ち越される。
正しい方向だけを選ぶのには何度かの失敗が必要だ。
小学5年生の時に好きな人はとても頭も良くスポーツも万能の女の子だった。
みんなの憧れの彼女。
でも、おそらく僕と彼女は両思いだ。
5年生ながらにそう確信している。
しかし小学生も大人も変わらない噂話が流れるのだ。
彼女は山田のことが好きだという噂が入ってくる。
ちらっと見ると山田と話す彼女。
山田の話に笑う彼女。
昼休みにイアリア人ばりに山田が彼女をボール遊びに誘う。
山田、お前はインターナショナルスクール出か?なんだそのアグレッシブさは。
初めて覚える嫉妬。
きっと山田も彼女のことが好きだったんだろう。
ある日の放課後、数人しか残っていない教室で誰かが女子の回し手紙(授業中に回す手紙)を拾った。
そこには彼女と友人との会話が記録されていた。
「〇〇ちゃんは722226のこと好きだもんね。」
「今日も722226赤いジャージだったよ。」
そう、暗号で書かれているのだ。
小学生にしてこの危機管理能力、おそるべし!!
赤いジャージを着ている男子は俺しかいない!!
そして26は俺の背番号だ。
たぶんこれは俺のことだ。
気絶しそうになった。
そんなある日、彼女の友達から「これ〇〇ちゃんから!」と手紙を受け取った。
「なにが?」と全くピンと来てないという役を見事に演じきりダッシュで帰宅。
誰も見つからないようにトイレで読んだ。
そこには昼休みも授業中も、ずっと僕をみていると書かれてあり、僕のことが好きだと綴られてあった。
人生で一番嬉しい手紙をもらった。何度もなんども読み返した。
この後僕はどう返事を返したのは覚えていないのだが、この日から僕たちは自然と付き合うと言う形になりその関係が中学3年生まで続いた。
あの頃から少し少し気になっていて、なんとなく気づいたことがある。
毎月席替えがあるのに4ヶ月も席替えがないのはおかしかった。
成績優秀な彼女が先生にお願いしていた気がする。頭のいい彼女にお願いされて断れなかったのではないか。
それほど僕と彼女が隣の席になって数ヶ月も席替えがなかったのはおかしかった。
完全に両思いだったのに彼女に告白させてしまったこと。
大人になって、当時の僕は待つばっかりでいくじなしで、小さな少女に全面を任せてしまったことを恥ずかしく思う。
彼女は僕とうまくいくためにいろんなことを努力してくれたんだと思う。
正しい方と正しくない方があったとして、正しい方向だけを選ぶのは難しい。
正しい方向だけを選ぶのには何度かの失敗が必要だ。
僕の彼女に対する失敗はこの時ばかりでなく、数年後まで持ち越される。
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2017/06/19 :: アコースティックCD
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2016/03/19 :: 千葉LOOKの楽屋にて
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