2019/01/18
21歳の誕生日
今日は結成記念日だった。
といってもバンド活動は2年ほどやっていたんだけど、成人式を迎えて、バンドもうやめてぇなぁってみんな思ってて、でもなんか辞めるのは惜しくて。
その頃ちょうど俺が曲を書き始めていて、それが少しだけ反応があって。
だったら最後にもっかいだけ試してみようと思って結成したのがTHE NEUTRAL。
今でも覚えているのが、思いつくことは全てやろうと思って行動したこと。
後悔しないために「あぁやればいいのに」と思った全てのことはやった。
するとすぐに結果が出た。
思えばTHE NEUTRALのおかげで僕は大人になれたと思う。
THE NEUTRALがなったら自分の人生を想像すると怖い。
父のあとを継いで世間知らずのままわがままに生きて、おっぱいが大きいだけが取り柄の敬語がうまく話せない髪の毛が常にプリン状態の嫁を連れて、上下同じ色のジャージ着て深夜に量販店で買い物していたことだろう。
THE NEUTRALは僕のIDであり、僕の全てだ。
そう最近つくづく思う。
THE NEUTRAL21歳おめでとう。
といってもバンド活動は2年ほどやっていたんだけど、成人式を迎えて、バンドもうやめてぇなぁってみんな思ってて、でもなんか辞めるのは惜しくて。
その頃ちょうど俺が曲を書き始めていて、それが少しだけ反応があって。
だったら最後にもっかいだけ試してみようと思って結成したのがTHE NEUTRAL。
今でも覚えているのが、思いつくことは全てやろうと思って行動したこと。
後悔しないために「あぁやればいいのに」と思った全てのことはやった。
するとすぐに結果が出た。
思えばTHE NEUTRALのおかげで僕は大人になれたと思う。
THE NEUTRALがなったら自分の人生を想像すると怖い。
父のあとを継いで世間知らずのままわがままに生きて、おっぱいが大きいだけが取り柄の敬語がうまく話せない髪の毛が常にプリン状態の嫁を連れて、上下同じ色のジャージ着て深夜に量販店で買い物していたことだろう。
THE NEUTRALは僕のIDであり、僕の全てだ。
そう最近つくづく思う。
THE NEUTRAL21歳おめでとう。
2019/01/16
髪を切る
スポーツ刈りって響きがなんか怖いよね。
って思わない?
今の子供はやってるのだろうか?
角刈りよりもスポーティーで、刈り上げて角が丸くて前髪が伸びている、がスポーツ刈り。
僕らの時はこれが主流でアホもかしこもみんなスポーツ刈りだった。
その影響からか、僕は基本的に髪をそんなに長くしたことがない。
髪が短いとカットに行く期間も短い。
小学生の頃から1ヶ月に一回は髪を切りに行っていて、母親から「金のかかる子やでー」とぼやかれていたが仕方がない。
かっこよくいたいのだから。
中学生になる頃には少し伸びたことが気になりすぎて、どうしてもこれで学校に行くのが嫌で、遅刻してまでも髪を切り行ってから登校していた。
これを書いていてだいぶヤバいガキだったと思う。
今でも約一ヶ月に一回は髪を切る。
髪を切ると気分が変わる。
髪を切ると全然知らん鏡向こうのおばあちゃんに「あら、あなたさっきと比べて若くなったわねぇ」と失礼なことを2回ほど言われる。
僕は髪が切るのが好きだ。
って思わない?
今の子供はやってるのだろうか?
角刈りよりもスポーティーで、刈り上げて角が丸くて前髪が伸びている、がスポーツ刈り。
僕らの時はこれが主流でアホもかしこもみんなスポーツ刈りだった。
その影響からか、僕は基本的に髪をそんなに長くしたことがない。
髪が短いとカットに行く期間も短い。
小学生の頃から1ヶ月に一回は髪を切りに行っていて、母親から「金のかかる子やでー」とぼやかれていたが仕方がない。
かっこよくいたいのだから。
中学生になる頃には少し伸びたことが気になりすぎて、どうしてもこれで学校に行くのが嫌で、遅刻してまでも髪を切り行ってから登校していた。
これを書いていてだいぶヤバいガキだったと思う。
今でも約一ヶ月に一回は髪を切る。
髪を切ると気分が変わる。
髪を切ると全然知らん鏡向こうのおばあちゃんに「あら、あなたさっきと比べて若くなったわねぇ」と失礼なことを2回ほど言われる。
僕は髪が切るのが好きだ。
2019/01/15
21年目がスタート!
千葉ルックでの結成21年ワンマンライブが終わりました。
今思うとバンド組んだ時って、どうなりたいかとかはあったけど、ずっと先の未来までは考えていなかったと思う。
21年やってきてよかった。
でもまだやりたいことがあり、残したいものもある。
何よりもライブがしたい。
その思いが21年消えていない変わっていないことが、改めて考えるとすごいと思う。
昨日をもって21年が始まった。
どんな一年になるのか今から楽しみだ。
今思うとバンド組んだ時って、どうなりたいかとかはあったけど、ずっと先の未来までは考えていなかったと思う。
21年やってきてよかった。
でもまだやりたいことがあり、残したいものもある。
何よりもライブがしたい。
その思いが21年消えていない変わっていないことが、改めて考えるとすごいと思う。
昨日をもって21年が始まった。
どんな一年になるのか今から楽しみだ。
2019/01/14
結成21周年記念ワンマンの朝
結成記念ライブの朝、バタバタと用意している。
21年前の朝はどうだったのだろう?
覚えてはいないが、覚悟を持って、自信を持ってその日を迎えたのを覚えている。
新しいバンドを「THE NEUTRAL」を立ち上げ、ここから俺の人生を変えていく。
終わった後、手ごたえを感じていたっけな。
21年という年月は凄まじい。
だが一瞬だ。
今年は千葉ルックで結成記念ライブ。
「THE NEUTRAL」の21年目が始まる。
21年前の朝はどうだったのだろう?
覚えてはいないが、覚悟を持って、自信を持ってその日を迎えたのを覚えている。
新しいバンドを「THE NEUTRAL」を立ち上げ、ここから俺の人生を変えていく。
終わった後、手ごたえを感じていたっけな。
21年という年月は凄まじい。
だが一瞬だ。
今年は千葉ルックで結成記念ライブ。
「THE NEUTRAL」の21年目が始まる。
2019/01/13
ボヘミアン・ラプソディ
千葉ルックのワンマン前に行っていこうと急に思い立ち、「ボヘミアン・ラプソディ」を見てきた。
どうにもこうにも僕のようなバンドマンには恐らく一般の人とは違う角度で見ることになってしまった。
どこにでもあるバンドの話。
近寄ってくるやつ。
怪しいやつ。
誘惑。
ソロでやらないか?という誘い。
騙すやつ。
脅すやつ。
世界ツアーするバンドであろうが日本のライブハウスで活動するバンドであろうが、デビューした奴らは活動が長ければ長いほど、少しでも結果が出れば出るほど同じような悩みを抱えている。
よくお笑いコンビでお互いの連絡先を知らないという話を聞いて驚く人が多いが、特殊な職業はその世界ならでは感覚があり、その距離感はその世界にいないと理解できない。
バンドがそれだ。
一般の枠組みにはない関係性で成り立っている。
話を戻そう。
映画のラストシーンで涙した人が多いのではないだろうか?
僕もその一人だ。
だがみんな勘違いしている。
多くの人がフレディの人生に、Queenというバンドに涙と思っている。
違う。
あのラストの涙は映画の製作者に送るべきだ。
映画として作りが立派で感動しているのだ。
そこはとても大切なような気がする。
もちろん製作者からすればそのれほどQueenに想いを寄せてくれてること自体が成功なのだが。
本人たちでもないラストシーンに感動する。
そんなヘンテコなことを世界中に届けたこの映画に乾杯したい。
ペプシコーラで。
どうにもこうにも僕のようなバンドマンには恐らく一般の人とは違う角度で見ることになってしまった。
どこにでもあるバンドの話。
近寄ってくるやつ。
怪しいやつ。
誘惑。
ソロでやらないか?という誘い。
騙すやつ。
脅すやつ。
世界ツアーするバンドであろうが日本のライブハウスで活動するバンドであろうが、デビューした奴らは活動が長ければ長いほど、少しでも結果が出れば出るほど同じような悩みを抱えている。
よくお笑いコンビでお互いの連絡先を知らないという話を聞いて驚く人が多いが、特殊な職業はその世界ならでは感覚があり、その距離感はその世界にいないと理解できない。
バンドがそれだ。
一般の枠組みにはない関係性で成り立っている。
話を戻そう。
映画のラストシーンで涙した人が多いのではないだろうか?
僕もその一人だ。
だがみんな勘違いしている。
多くの人がフレディの人生に、Queenというバンドに涙と思っている。
違う。
あのラストの涙は映画の製作者に送るべきだ。
映画として作りが立派で感動しているのだ。
そこはとても大切なような気がする。
もちろん製作者からすればそのれほどQueenに想いを寄せてくれてること自体が成功なのだが。
本人たちでもないラストシーンに感動する。
そんなヘンテコなことを世界中に届けたこの映画に乾杯したい。
ペプシコーラで。
2019/01/12
年賀状文化
我が家の郵便物はビルの2階にある郵便BOXに集められていた。
1月1日の朝になると普段は叩いても起きないくせに家族の誰よりも早く2階に駆け下り、好きな子からの年賀状が来ているかのチェックをしていた。
来ていた時には家族の誰にもなれないよう腹の中に隠して戻り、来てなかったら「出すのが遅れたのかな?」とストーカーのような前向きな姿勢で同じことを1月の7日くらいまで繰り替えした。
小学生の時の記憶である。
あの頃、父には100枚を超える枚数が、母にもそれに及ばずともなかなかの枚数が、僕らのガキンチョにも30枚前後の年賀状が届いていた。
日本の民度がまだ低かったが心が柔らかかった時代。
郵便局は儲けてたんだろうなぁと考えてしまう僕は大人になったということだろうか。
今年僕に届いた年賀状は2枚だった。
民度は上がったが僕の徳は下がっているというとこでよろしいだろうか。
毎年友達から会ったこともない子供たちと奥さんとの写真が送られては来ていたが、いじけていたのか社会不適合者だったからなのか、、、返事も返さないという天下御免のかぶき者。
結果、今年2枚。
生き方を変えようと強く思った2019年。
しかしこの文化も携帯電話の普及によりなくなっていくのだろうな。
でも忘れちゃいけない、一番感じなのは手法は何であれ新年の挨拶をするということなのだ。
ま、返事を返してない奴が言うことでもないけど。
1月1日の朝になると普段は叩いても起きないくせに家族の誰よりも早く2階に駆け下り、好きな子からの年賀状が来ているかのチェックをしていた。
来ていた時には家族の誰にもなれないよう腹の中に隠して戻り、来てなかったら「出すのが遅れたのかな?」とストーカーのような前向きな姿勢で同じことを1月の7日くらいまで繰り替えした。
小学生の時の記憶である。
あの頃、父には100枚を超える枚数が、母にもそれに及ばずともなかなかの枚数が、僕らのガキンチョにも30枚前後の年賀状が届いていた。
日本の民度がまだ低かったが心が柔らかかった時代。
郵便局は儲けてたんだろうなぁと考えてしまう僕は大人になったということだろうか。
今年僕に届いた年賀状は2枚だった。
民度は上がったが僕の徳は下がっているというとこでよろしいだろうか。
毎年友達から会ったこともない子供たちと奥さんとの写真が送られては来ていたが、いじけていたのか社会不適合者だったからなのか、、、返事も返さないという天下御免のかぶき者。
結果、今年2枚。
生き方を変えようと強く思った2019年。
しかしこの文化も携帯電話の普及によりなくなっていくのだろうな。
でも忘れちゃいけない、一番感じなのは手法は何であれ新年の挨拶をするということなのだ。
ま、返事を返してない奴が言うことでもないけど。
2019/01/11
大人が偉かった時代
一年に一度は映画館で映画を見るようにしている。
NO!MORE映画泥棒の印象が強いがその前のマナーについての映像が流れるたび、僕は日本はいい国になったなぁと感じる。
小学生の頃、激アツ映画はドラえもんの大長編だった。
サンバイザー的なものを劇場で配られて、ラミネート丸出しの下敷きをお母さんに買ってもらいいざ席へ。ウキウキ気分で座ると、後ろのおっさんが靴を脱いで足をおいらの背もたれにVの字であげている。ってことがざらにあった。
見終わった後、兄貴と「今日の後ろのおっさんの足めっちゃ臭かったわー」とか「今日はあまり臭くなかったなぁ」と話し合うくらい、足を上げるというのは普通だった。
もう覚えていないがひょっとしたらタバコもOKだったのかもしれない。
そう思うとおいらの生きた昭和の日本は民度が低かったのだと思い知らされる。
大人が圧倒的に偉かった時代。
子供は我慢が当たり前。
歯向かえば「じゃかましい!」と他人の子供でも一括された時代。
「お前らもはよ大人になったらええねん!」と教師に言われたこともある。
乱暴で愛情の表現も下手くそだった時代。
しかしそれがそんなに悪くなかったのではないかと思うのはなぜだろう。
懐古主義なのか。
今は子供ファースト。
公園で遊ぶガキもいなくなった。
そんなガキどもが大きくなって聴く音楽は、その概念は。
考えると気が滅入るのでやめておこう。
基本製造は同じ。
恋と夢と挫折と希望の繰り返しのはず。
それがずれない限りは歌はあるのだろう。
NO!MORE映画泥棒の印象が強いがその前のマナーについての映像が流れるたび、僕は日本はいい国になったなぁと感じる。
小学生の頃、激アツ映画はドラえもんの大長編だった。
サンバイザー的なものを劇場で配られて、ラミネート丸出しの下敷きをお母さんに買ってもらいいざ席へ。ウキウキ気分で座ると、後ろのおっさんが靴を脱いで足をおいらの背もたれにVの字であげている。ってことがざらにあった。
見終わった後、兄貴と「今日の後ろのおっさんの足めっちゃ臭かったわー」とか「今日はあまり臭くなかったなぁ」と話し合うくらい、足を上げるというのは普通だった。
もう覚えていないがひょっとしたらタバコもOKだったのかもしれない。
そう思うとおいらの生きた昭和の日本は民度が低かったのだと思い知らされる。
大人が圧倒的に偉かった時代。
子供は我慢が当たり前。
歯向かえば「じゃかましい!」と他人の子供でも一括された時代。
「お前らもはよ大人になったらええねん!」と教師に言われたこともある。
乱暴で愛情の表現も下手くそだった時代。
しかしそれがそんなに悪くなかったのではないかと思うのはなぜだろう。
懐古主義なのか。
今は子供ファースト。
公園で遊ぶガキもいなくなった。
そんなガキどもが大きくなって聴く音楽は、その概念は。
考えると気が滅入るのでやめておこう。
基本製造は同じ。
恋と夢と挫折と希望の繰り返しのはず。
それがずれない限りは歌はあるのだろう。
2019/01/10
パタゴニアのパーカー
デビューした時に事務所&レコード会社の人に「デビューCDはパタゴニアのパーカーで映りたい!」と駄々をこねた。
というのも、姫路にいた頃、おしゃれなヨウゾウの兄ちゃんが着ていたのがパタゴニアの赤のパーカーでこれがめちゃくちゃ眩しく見えていたのだ。
たまにヨウゾウに借りて僕は意気揚々と大学に着て行っていたのを思い出す。
大学生にしてパタゴニアはとても高かった。
憧れのパーカーであり、どのアウトドアのメーカーよりも僕はパタゴニアが大好きだった。
僕にはスタイリストはいらないと言うくせに、パタゴニアのパーカーは用意してもらう。生意気だ。しばきたい。
ちなみにスタイリストが用意する洋服はすべて基本的にレンタルだ。
スタイリストさんが洋服屋さんから借りてきてくれるのだ。
それを知っていた僕は撮影当日、わざと寝っ転がるショットを多めに取ってもらい、汚しまくって「あぁ、これ買取しないとですねー」とレコード会社の経費で買い取ってもらい、それを私物にするという横領をやってのけた。
生意気だ。しばきたい。
そんなこんなでデビュージャケットは念願の赤のパタゴニアで写っており、思春期に影響を受けたものはなんとやらで、未だに僕の中でパタゴニアは特別なメーカーとして心に刻まれている。
今年は新しいものを買おうかしら。
というのも、姫路にいた頃、おしゃれなヨウゾウの兄ちゃんが着ていたのがパタゴニアの赤のパーカーでこれがめちゃくちゃ眩しく見えていたのだ。
たまにヨウゾウに借りて僕は意気揚々と大学に着て行っていたのを思い出す。
大学生にしてパタゴニアはとても高かった。
憧れのパーカーであり、どのアウトドアのメーカーよりも僕はパタゴニアが大好きだった。
僕にはスタイリストはいらないと言うくせに、パタゴニアのパーカーは用意してもらう。生意気だ。しばきたい。
ちなみにスタイリストが用意する洋服はすべて基本的にレンタルだ。
スタイリストさんが洋服屋さんから借りてきてくれるのだ。
それを知っていた僕は撮影当日、わざと寝っ転がるショットを多めに取ってもらい、汚しまくって「あぁ、これ買取しないとですねー」とレコード会社の経費で買い取ってもらい、それを私物にするという横領をやってのけた。
生意気だ。しばきたい。
そんなこんなでデビュージャケットは念願の赤のパタゴニアで写っており、思春期に影響を受けたものはなんとやらで、未だに僕の中でパタゴニアは特別なメーカーとして心に刻まれている。
今年は新しいものを買おうかしら。
2019/01/09
スタイリストはつけない
デビューしてからの僕は常に何かと戦っていた気がする。
「大人の言うことは聞いちゃダメだ、あいつらは最後まで責任を取らねーから、最後に責任を背負うのは全部バンドだから」
僕にこのようなデビューしてからのバンドの心構えを教えてくれたのが、2月2日に一緒にライブをするハイパービームの俵良次さんだった。
多少ゆがんだ教育ではあるが、なかなかどうして今になってこの教えはとても大切だったことを知る。
デビューした時についたスタイリストは当時メンズノンノでばりばり活躍している方だったが、レコード会社の人に「僕にはつけなくていいです」と伝えた。
くっそ生意気だったけど、自分のおしゃれに自信があるとかではなく、ロックバンドとして人の手が加えられた感が出ることのカッコ悪さが気になって仕方なかったのだ。
流行りを取り入れてしまうと、数年後必ず恥ずかしいものになる。
だがTシャツに黒パンといった不変であり続けると何年たっても色あせない。
そしてその意識こそが音楽につながると思っていたのだ。
あの頃の僕を思い返すと「お前生き苦しいだろ、そんな片意地張って、、、」と思うのだが、あいつがいてくれたから今も僕はこうして歌えているのだと思う。
若さとは体制に戦う力と義務がある、そんな風に40歳を超えた僕は今思う。
「大人の言うことは聞いちゃダメだ、あいつらは最後まで責任を取らねーから、最後に責任を背負うのは全部バンドだから」
僕にこのようなデビューしてからのバンドの心構えを教えてくれたのが、2月2日に一緒にライブをするハイパービームの俵良次さんだった。
多少ゆがんだ教育ではあるが、なかなかどうして今になってこの教えはとても大切だったことを知る。
デビューした時についたスタイリストは当時メンズノンノでばりばり活躍している方だったが、レコード会社の人に「僕にはつけなくていいです」と伝えた。
くっそ生意気だったけど、自分のおしゃれに自信があるとかではなく、ロックバンドとして人の手が加えられた感が出ることのカッコ悪さが気になって仕方なかったのだ。
流行りを取り入れてしまうと、数年後必ず恥ずかしいものになる。
だがTシャツに黒パンといった不変であり続けると何年たっても色あせない。
そしてその意識こそが音楽につながると思っていたのだ。
あの頃の僕を思い返すと「お前生き苦しいだろ、そんな片意地張って、、、」と思うのだが、あいつがいてくれたから今も僕はこうして歌えているのだと思う。
若さとは体制に戦う力と義務がある、そんな風に40歳を超えた僕は今思う。
2019/01/08
頑張らないかっこよさ
「誰よりも目立と〜と♪ わけのわからぬ服着て〜♪」ゆず、シュビドゥバーの一節だが、大学生の時にこの歌を聴いて「この子らは売れるな」と思った。もう体育館ツアーとかしてたけど。
僕も例外ではなくおしゃれを追求しだしてスカートをはいたり下駄や足袋を履くというアバンギャルドな方向に走っていた。
大学の授業はテレビで見るような階段式の広い教室から、こじんまりしたところまでピンキリ。
そして席も決まっておらず、どこに座ってもいいのだ。
3年生の春、何気なくとった授業で隣の女の子が本読みを当てられた。
彼女は教科書を忘れたっぽくて、僕が貸してあげた。3流映画みたいな出来事だった。
それから少し話すようになり、私の友達を紹介するね!と大胆に僕の手を握って友達のところへ連れて行き、オサレな奴らを次々に紹介してくれた。
この子が○ ○君、この子が○ ○ちゃん、んで、この子がこの子が○ ○君で私の彼氏ー。
ふーーーんって、俺の手をつないだままやん!!!
大阪ってこうなのかーーー!?と異文化に驚いたのを覚えているが、大人になった今でもあの行為はだいぶイレギュラーで天真爛漫がはみ出していた女の子という以外理解ができない。
が、エロスはどこにもなく、なにか心地いいものであったのを覚えている。
話が逸れたが、その彼女、そこで紹介してもらった奴らがみんなイケてて驚いた。
いけているのだが頑張っていない。
地がおしゃれ感がえぐいのだ。
それに比べネメスに下駄というアシンメトリー的な服を着ている僕。
頑張りすぎててこっぱずしかった。
まだユニクロがそんなに市民権を得てない時代に「みてー、わたしらもうユニクロとか無印やねん。で、一点だけギャルソンとか着てるだけやん。こいつとか万年スウェットやし」と笑う彼女。
でもそのスウェット感が、そのゆるさがなんとも言えずかっこいいのだ。
早速僕もユニクロ無印に走る!走る!!走る!!!
だが、何を血迷ったか全身無印で統一してしまい地味な学生出来上がり。
田舎者の自分を恥ずかしく思ったが、あの女の子との出会いから僕は頑張らないことのかっこよさを覚えたのだった。
僕も例外ではなくおしゃれを追求しだしてスカートをはいたり下駄や足袋を履くというアバンギャルドな方向に走っていた。
大学の授業はテレビで見るような階段式の広い教室から、こじんまりしたところまでピンキリ。
そして席も決まっておらず、どこに座ってもいいのだ。
3年生の春、何気なくとった授業で隣の女の子が本読みを当てられた。
彼女は教科書を忘れたっぽくて、僕が貸してあげた。3流映画みたいな出来事だった。
それから少し話すようになり、私の友達を紹介するね!と大胆に僕の手を握って友達のところへ連れて行き、オサレな奴らを次々に紹介してくれた。
この子が○ ○君、この子が○ ○ちゃん、んで、この子がこの子が○ ○君で私の彼氏ー。
ふーーーんって、俺の手をつないだままやん!!!
大阪ってこうなのかーーー!?と異文化に驚いたのを覚えているが、大人になった今でもあの行為はだいぶイレギュラーで天真爛漫がはみ出していた女の子という以外理解ができない。
が、エロスはどこにもなく、なにか心地いいものであったのを覚えている。
話が逸れたが、その彼女、そこで紹介してもらった奴らがみんなイケてて驚いた。
いけているのだが頑張っていない。
地がおしゃれ感がえぐいのだ。
それに比べネメスに下駄というアシンメトリー的な服を着ている僕。
頑張りすぎててこっぱずしかった。
まだユニクロがそんなに市民権を得てない時代に「みてー、わたしらもうユニクロとか無印やねん。で、一点だけギャルソンとか着てるだけやん。こいつとか万年スウェットやし」と笑う彼女。
でもそのスウェット感が、そのゆるさがなんとも言えずかっこいいのだ。
早速僕もユニクロ無印に走る!走る!!走る!!!
だが、何を血迷ったか全身無印で統一してしまい地味な学生出来上がり。
田舎者の自分を恥ずかしく思ったが、あの女の子との出会いから僕は頑張らないことのかっこよさを覚えたのだった。
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