2018/12/25
soccer game
僕のポケットに手を入れる 君の笑い顔が好きで
僕はまた照れくさくなって 天気ばかり気にしてる
夏の花火の匂いのように 冬の雪の足跡のように
触れば消えゆくものばかり 抱きしめていたんだな
「like a star」思い出し 口ずさんで
「まるで僕らみたいだね」 君はふざけて笑った
僕のポケットに手を入れる 君の笑い顔が好きで
僕はまた照れくさくなって 天気ばかり気にしてる
些細な事ばかり気になり 僕らは傷つけ合った
いつでも戻れると僕らは どこかで思っていたんだ
答えはホントは分かってた もうずいぶん前からさ
その答えだって今思うと 間違ってた気もするよ
soccer gameみたい 終わりは見えてた
僕らは言葉をしまい込み ただ流れるようにキスを重ねた
僕のポケットに手を入れる 君の笑い顔が好きで
空っぽのポケットを見つめて 君の事を思い出す
今年もまた冬がきたようだ 君の笑顔思い出す
僕はまた照れくさくなって 天気ばかり気にしてる
夏の花火の匂いのように 冬の雪の足跡のように
触れば消えゆくものばかり 抱きしめていたんだな
「like a star」思い出し 口ずさんで
「まるで僕らみたいだね」 君はふざけて笑った
僕のポケットに手を入れる 君の笑い顔が好きで
僕はまた照れくさくなって 天気ばかり気にしてる
些細な事ばかり気になり 僕らは傷つけ合った
いつでも戻れると僕らは どこかで思っていたんだ
答えはホントは分かってた もうずいぶん前からさ
その答えだって今思うと 間違ってた気もするよ
soccer gameみたい 終わりは見えてた
僕らは言葉をしまい込み ただ流れるようにキスを重ねた
僕のポケットに手を入れる 君の笑い顔が好きで
空っぽのポケットを見つめて 君の事を思い出す
今年もまた冬がきたようだ 君の笑顔思い出す
2018/12/20
三段論法
大学生の時に僕は自分っていいやつなんだろうなぁって思えた。
それは僕の友達がすごくいい奴らばっかりだったからだ。
こんないいやつらと友達なおれはきっといいやつなんだろうと。
これが三段論法だとは知りも知らず。
日々考えること、気づくことを大切にしている。
思考を止めることなく。
噂話に惑わされることなく。
物事の真因はシンプルなもの。
でもそれを間違えると人生は狂ってしまう。
考えよう。
学ぼう。
2018/12/09
焼肉食べ放題
「お願い!彼氏のふりしてくれない?」
こんなドラマでしか聞かないような役を僕は高校生の頃から何度か頼まれて引き受けてきた。
理由は皆様々だが、とにかく引き受けてきた。
そのたび僕は、時には頭のいい大学生を演じたり、時にはガラの悪い半グレのような役を演じたり、TPOに合わせたレンタル彼氏を演じていた。
そして吊り橋効果なのか、そのあと漏れなく彼女役の人に告白されるという面倒なことに巻き込まれていた。
一度、しつこい彼氏と別れるためにという、数万円もらわないと損なミッションを焼肉食べ放題というロープライスで引き受けた僕@22歳。
相手はおっさん。推定30代半ば。
家から役作りに悩んでいた。
聡明な感じで行くか、ガラの悪いやつでいくか。
役は2種類しか使い分けれなかった。
選んだのはガラの悪い役(ちなみにほぼこれ)。
家にある一番ガラの悪そうな服を選び、原色の強いパンツを選び、胸元ざっぱーーーんと開き、いざファミレスへ。
席に座るやいなや、おっさん@推定34歳が「君、彼氏じゃないだろ」と名探偵。
先制パンチ。
かけてたサングラスがずれた。
「なんで?」と好青年な回答した僕に、「悪かったね、こんなことに巻き込んで。」とタクシー代と言って一万円を出してきた。
22歳の僕は「いや、、、あの、こんなのいいです」と胸元ザッパーン、原色パンツ&サングラスとはかけ離れた声で恐縮した。
「ま、こういうの渡すと問題もあるかもだから、好きなもの食べていいよ。悪かったね。ダメじゃないか関係ない人を巻き込んじゃ」と彼女をたしなめ大人力を見せつけた。
僕は彼女役である友達の冷たい視線を浴びながら、食べたくもないパフェを食べ、「ありがとうございました」とわけのわからない挨拶をして、彼女役の人と二人で帰った。
その時3人でどんな会話をしたかは覚えていないが、とてつもなく長い時間が流れ、でもこの二人の関係もここで終わるんだというのが、胸元ザッパーンなりにも分かった。
その後、やはり彼女たちは別れたという話を聞き、納得した。
僕はずっと彼女が彼と別れたくて僕を呼んだのだと思っていたが、そうではなかったのではないかと今になって思う。
彼女は彼に嫉妬をして欲しくて僕を呼んだのかもしれない。
そしてきっと大人力のあの人には家族がいたのだろう。
当然、焼肉食べ放題はなしになった。
こんなドラマでしか聞かないような役を僕は高校生の頃から何度か頼まれて引き受けてきた。
理由は皆様々だが、とにかく引き受けてきた。
そのたび僕は、時には頭のいい大学生を演じたり、時にはガラの悪い半グレのような役を演じたり、TPOに合わせたレンタル彼氏を演じていた。
そして吊り橋効果なのか、そのあと漏れなく彼女役の人に告白されるという面倒なことに巻き込まれていた。
一度、しつこい彼氏と別れるためにという、数万円もらわないと損なミッションを焼肉食べ放題というロープライスで引き受けた僕@22歳。
相手はおっさん。推定30代半ば。
家から役作りに悩んでいた。
聡明な感じで行くか、ガラの悪いやつでいくか。
役は2種類しか使い分けれなかった。
選んだのはガラの悪い役(ちなみにほぼこれ)。
家にある一番ガラの悪そうな服を選び、原色の強いパンツを選び、胸元ざっぱーーーんと開き、いざファミレスへ。
席に座るやいなや、おっさん@推定34歳が「君、彼氏じゃないだろ」と名探偵。
先制パンチ。
かけてたサングラスがずれた。
「なんで?」と好青年な回答した僕に、「悪かったね、こんなことに巻き込んで。」とタクシー代と言って一万円を出してきた。
22歳の僕は「いや、、、あの、こんなのいいです」と胸元ザッパーン、原色パンツ&サングラスとはかけ離れた声で恐縮した。
「ま、こういうの渡すと問題もあるかもだから、好きなもの食べていいよ。悪かったね。ダメじゃないか関係ない人を巻き込んじゃ」と彼女をたしなめ大人力を見せつけた。
僕は彼女役である友達の冷たい視線を浴びながら、食べたくもないパフェを食べ、「ありがとうございました」とわけのわからない挨拶をして、彼女役の人と二人で帰った。
その時3人でどんな会話をしたかは覚えていないが、とてつもなく長い時間が流れ、でもこの二人の関係もここで終わるんだというのが、胸元ザッパーンなりにも分かった。
その後、やはり彼女たちは別れたという話を聞き、納得した。
僕はずっと彼女が彼と別れたくて僕を呼んだのだと思っていたが、そうではなかったのではないかと今になって思う。
彼女は彼に嫉妬をして欲しくて僕を呼んだのかもしれない。
そしてきっと大人力のあの人には家族がいたのだろう。
当然、焼肉食べ放題はなしになった。
2018/12/01
熊谷HEVEN’S ROCKのライブを終えて
熊谷HEVEN’S ROCK、当時は熊谷VOGUEだった。
僕らは結成1年目を終えたばかり。
ツアーというほどでもないのに、関東に歌いに行くっていうのがステイタスで、かっこよくていっぱしのバンドマンになった気がしてうかれていた。
熊谷VOGUE初ライブ。
ステージに上がるとお客さんが3人だった。
地元では満員のお客さんの前で出来るようになったいた僕らだっただけに、、、ショックだった。
しかもよく見るとその3人は対バンドの人。
「いや、これもうリハやん。。。」と声に出そうになった。
しかし若さとはえらいもので、こういう時こそむっちゃくっちゃにやって忘れられないライブにしてやる!と10代の恋愛ばりにポジティブになるのだから恐ろしい。
そのライブがいいライブになったかどうかはさすがに覚えていないが、途中から入ってきた他のバンドを見にきた4人組からデモテープが2本売れたのだから何かは伝わったのだろう。
あれから19年が過ぎた。
僕らは結成20周年で熊谷は名前を変え、熊谷HEVEN’S ROCKとして25周年を迎えていた。
そんな日をワンマンライブで終えることができた。
ここまでの道はあっと言うまであったが、その時ステージに上がったメンバーがもはや僕と清正君だけになっていることから考えると色々あったんだなぁと他人事のように感慨深くなる。
今回のワンマンはその辺りも演出に組み込んだ。
20周年記念も残すはあとカウントダウンのみ。
2018年を終わらす12月がはじまる。
そして僕は今日も曲を書いている。
20年間変わらずに。
僕らは結成1年目を終えたばかり。
ツアーというほどでもないのに、関東に歌いに行くっていうのがステイタスで、かっこよくていっぱしのバンドマンになった気がしてうかれていた。
熊谷VOGUE初ライブ。
ステージに上がるとお客さんが3人だった。
地元では満員のお客さんの前で出来るようになったいた僕らだっただけに、、、ショックだった。
しかもよく見るとその3人は対バンドの人。
「いや、これもうリハやん。。。」と声に出そうになった。
しかし若さとはえらいもので、こういう時こそむっちゃくっちゃにやって忘れられないライブにしてやる!と10代の恋愛ばりにポジティブになるのだから恐ろしい。
そのライブがいいライブになったかどうかはさすがに覚えていないが、途中から入ってきた他のバンドを見にきた4人組からデモテープが2本売れたのだから何かは伝わったのだろう。
あれから19年が過ぎた。
僕らは結成20周年で熊谷は名前を変え、熊谷HEVEN’S ROCKとして25周年を迎えていた。
そんな日をワンマンライブで終えることができた。
ここまでの道はあっと言うまであったが、その時ステージに上がったメンバーがもはや僕と清正君だけになっていることから考えると色々あったんだなぁと他人事のように感慨深くなる。
今回のワンマンはその辺りも演出に組み込んだ。
20周年記念も残すはあとカウントダウンのみ。
2018年を終わらす12月がはじまる。
そして僕は今日も曲を書いている。
20年間変わらずに。
2018/11/18
大阪のライブを終えて
大阪のライブを終えて、私は興奮と謝罪と希望を持っていたのですが更新するのがこんなに遅れてしまいました。
理由は
忙しかったからです!!
ま、それだけでなく大阪公演の帰りにipadを落としてガラスが割れてしまい、ついでにバッテリーも弱ってきたから自分で直すかーーーと時間しかない奴の発想で取り組んだのが運の尽き。
その間になぜか家のWI-FIは使えなくなるし、、、。
それでこんなに更新するのが遅れたという言い訳には十分だろう。
大阪。
ワンマン。
12年ぶり。
ごめんありがとう。
なんで12年もやらんなっかたんやろう。
待ってくれている人がいるのに。
若い頃ってソールドアウトしなけりゃワンマンをやっちゃいけないって思っててさ。
プライドとかプライドとかプライドとかあってさ。
でもさ、今はね。
そういうこっちゃないと。
お金の問題でもない。
赤字になってでも行くべき場所、やるべきことって多くはないけど人生にあって。
それがワンマンなんやな。
きっと広島とか、他の町もそうやんな。
来年もワンマンやろうな。
ってかたくさん大阪でもワンマンやろうな。
こんなに熱くなってるのに、更新遅れたんやけど。
許すよな。
あんなライブを一緒にしたら。
また会える日までたくさんの曲を作っておくよ!!
ほんまにありがとう!
理由は
忙しかったからです!!
ま、それだけでなく大阪公演の帰りにipadを落としてガラスが割れてしまい、ついでにバッテリーも弱ってきたから自分で直すかーーーと時間しかない奴の発想で取り組んだのが運の尽き。
その間になぜか家のWI-FIは使えなくなるし、、、。
それでこんなに更新するのが遅れたという言い訳には十分だろう。
大阪。
ワンマン。
12年ぶり。
ごめんありがとう。
なんで12年もやらんなっかたんやろう。
待ってくれている人がいるのに。
若い頃ってソールドアウトしなけりゃワンマンをやっちゃいけないって思っててさ。
プライドとかプライドとかプライドとかあってさ。
でもさ、今はね。
そういうこっちゃないと。
お金の問題でもない。
赤字になってでも行くべき場所、やるべきことって多くはないけど人生にあって。
それがワンマンなんやな。
きっと広島とか、他の町もそうやんな。
来年もワンマンやろうな。
ってかたくさん大阪でもワンマンやろうな。
こんなに熱くなってるのに、更新遅れたんやけど。
許すよな。
あんなライブを一緒にしたら。
また会える日までたくさんの曲を作っておくよ!!
ほんまにありがとう!
2018/10/24
溝の口劇場を終えて
溝の口劇場を終えてるまで、僕は日々を詰め混んでいた。
なので終わった次の日から体がだるい。
気力は普通だが、シンプルに体が疲れていた。
ゆっくりゆっくり睡眠をとりながら癒してやろうと思う。
中村橋に立っていた
ひまだりの時
この2曲が気持ちよく演奏できたことが先日のライブの全てだ。
新曲で勝負。
そう叫び続けてきたけど。。。
いつまでできるんだろうと考えると、子供の頃に俺はいつか死ぬんだ!?と思って布団に包まったあの感じが蘇る。
しかし、今は先日のライブを終えTHE NEUTRALがもっと化けるように考えている。
僕の思うバンド像は今のまだずっと先にある。
これが目標ってやつか。
やってやるかと思う。
みんな来てくれてありがとう。
大阪は来てくれる人少ないかもやけど、今はそれよりもそこに行かなきゃの思いがある。
客の入りよりもそこで何ができるかを味わってほしい。
さぁ、やるぞ。
2018/10/10
練馬のライブを終えて
練馬でのライブは忘れられないものになりました。
24歳、右も左もわからずやってきた東京。
まだデビューも決まっていなければ事務所にも所属していない。
先行き不安としか思えない中で、未来があると信じて疑わなかった日々。
ダラダラ過ごすことさえも許されて、自堕落なのに希望がある。
はじき飛ばされそうな一日を緩やかに激しく生きていた。
そして16年ほど経って僕は練馬の街で歌っていた。
新しい曲を書いて。
価値観が変わっていく中で、今必要であろう歌を歌い、歳を重ねたものだけが許される少しだけ過去を懐かしみ、、、。
大切な時間になったし、僕を育ててくれた練馬にたくさんの人が来てくれたのが嬉しい。
次はクリスマスイブのソロワンマンワイブ。
すごくいい流れで2018年を締めくくれそうだ。
カウントダウンワンマンも前向きに考えているから。
とにかくまだ歌いたいことがあるみたいだからさ、歌っていくよ。
24歳、右も左もわからずやってきた東京。
まだデビューも決まっていなければ事務所にも所属していない。
先行き不安としか思えない中で、未来があると信じて疑わなかった日々。
ダラダラ過ごすことさえも許されて、自堕落なのに希望がある。
はじき飛ばされそうな一日を緩やかに激しく生きていた。
そして16年ほど経って僕は練馬の街で歌っていた。
新しい曲を書いて。
価値観が変わっていく中で、今必要であろう歌を歌い、歳を重ねたものだけが許される少しだけ過去を懐かしみ、、、。
大切な時間になったし、僕を育ててくれた練馬にたくさんの人が来てくれたのが嬉しい。
次はクリスマスイブのソロワンマンワイブ。
すごくいい流れで2018年を締めくくれそうだ。
カウントダウンワンマンも前向きに考えているから。
とにかくまだ歌いたいことがあるみたいだからさ、歌っていくよ。
2018/10/06
モチベーション
新曲が書けるとそれを人に聴いてもらいたくなる。
それがモチベーションだと今更気づく。
ライブをすることではない。
ライブバンドだけど。
僕たちのようにいまだにライブの多いバンドだと、一年を通しとほとんどの曲を演奏する。
同じ曲を演奏していたら必ずどこかで飽きてしまう。
しかし新曲ができると世界がまたまっさらになる。
新曲もできずに同じ曲でライブだけやるというのは、僕のスタイルでは無理だと思う。
新しい曲ができた。
また君に聴いてもらいたくなった。
2018/10/04
いい顔みたな
あと少しがまだ遠い、そんな数日。
早起きしてコンビニにアイスコーシーを買いに。
街は学生がせっせと学校へ。
2人組の女の子とすれ違ったあと、5mほど離れてその2人組と友達であろう一人の女の子がその子たちを発見してにやけ顏。
そのあとまじで人は悪巧みするとこんな顔するんや、という顔をしてこっそり二人に背後から近づく。
おどかすんやろうなぁ、きっとおどかすんやろうなぁ。
はいおどかした。
僕だけがその一部始終を見ていた。
そして10分以上経った今でも、あの悪巧みの顔を思い出して笑ってしまう。
なかなかあぁいう顔を最近は見てなかった。
いい一日になりそうだ。
2018/09/30
This is Tokyo
東京に出てくるとなった時、僕は中野に住むと決めていた。
人生に疲れた人が東北を目指すように、なぜだか知らないがそう決めていた。
駆け込みで不動産屋に飛び込み「5万円くらいで風呂トイレありの物件を探している」というと鼻で笑われた。
鼻で笑ったおっさんにもグランドコブラをかけたい気分になったが、東京高っっけーーーーーーー!!という思いの方が勝ったし、なんだか東京に住む高揚感にもつながった。
当時もインターネットはあったが、今ほど充実はしていなかったと思う。
それでも調べに調べて、西武新宿線なら安くてそこそこの物件があるとわかり、高田馬場の不動産屋へ。
いくつかの物件を見せてもらうも、こちとらこれから音楽で飯食っていこう!と決めているので真夜中にSmoke On The Water を弾いいても怒られない壁の厚さ希望。
わがまま言っているうちにたどり着いたのが西武池袋線の中村橋だった。
駅から歩いて7分くらいの千川通り沿いにあるマンション。
16平米だったか、、、。
とにかく狭かったが、ここからスタートだと胸を弾ませていた。
あれから18年が経ち、あの頃より少しだけいいマンションに引っ越し僕は今も東京で暮らしている。
あと数年で、故郷でいた年数を追い越す。
もう東京に憧れはないし、住みにくいとも住みやすいとも思わない。
それほど自分の街になった。
住めば都とはよく言ったものだ。
東京ニスはすっかり慣れたが、あの時心配したほどSmoke On The Water は未だに満足に弾けない。
人生に疲れた人が東北を目指すように、なぜだか知らないがそう決めていた。
駆け込みで不動産屋に飛び込み「5万円くらいで風呂トイレありの物件を探している」というと鼻で笑われた。
鼻で笑ったおっさんにもグランドコブラをかけたい気分になったが、東京高っっけーーーーーーー!!という思いの方が勝ったし、なんだか東京に住む高揚感にもつながった。
当時もインターネットはあったが、今ほど充実はしていなかったと思う。
それでも調べに調べて、西武新宿線なら安くてそこそこの物件があるとわかり、高田馬場の不動産屋へ。
いくつかの物件を見せてもらうも、こちとらこれから音楽で飯食っていこう!と決めているので真夜中にSmoke On The Water を弾いいても怒られない壁の厚さ希望。
わがまま言っているうちにたどり着いたのが西武池袋線の中村橋だった。
駅から歩いて7分くらいの千川通り沿いにあるマンション。
16平米だったか、、、。
とにかく狭かったが、ここからスタートだと胸を弾ませていた。
あれから18年が経ち、あの頃より少しだけいいマンションに引っ越し僕は今も東京で暮らしている。
あと数年で、故郷でいた年数を追い越す。
もう東京に憧れはないし、住みにくいとも住みやすいとも思わない。
それほど自分の街になった。
住めば都とはよく言ったものだ。
東京ニスはすっかり慣れたが、あの時心配したほどSmoke On The Water は未だに満足に弾けない。
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2012/07/02 :: 侠気には侠気を!だろ?
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